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「しね」
朝、学校に登校すると、今日も机に黒く濃く書かれていた。教室の後方からクスクスと嗤い声が聞こえる。嗤い声を聴きながら、劣等感と羞恥心と、よく分からない感情を抱えて、それを消しゴムで消す。
2時間目に外を眺めていると、雨が降ってきた。今日は朝の天気予報を見て、傘を持ってきている。良かった、少しだけ嬉しい気持ちになった。
3時間目までの授業の合間、トイレに行ったため、少しだけ席を外した。教室に戻る時、玄関付近できゃあきゃあと嗤い声がしていた。
昼休み、1人で弁当を食べようとすると、横から伸びてくる手があった。それは弁当などには興味を示さず、机の引き出しに躊躇なく突っ込み、1冊のノートを乱雑に引き出した。「数学」とだけ表紙に書かれているノートを見て、そいつはニヤッと口角を上げ、「これ貰ってくね〜」と言って去っていった。拒否する暇も与えてくれなかった。
私が弁当を食べ終わった頃にそいつらはまた来た。
「プレゼントがあるよぉ〜」不気味な笑みを浮かべながらそいつは言った。中庭の池に行くように言われた。大体予想はついていた。私が池に向かうと、鯉たちが優雅に泳ぐ中に四角い何かが浮いていた。それは私の数学ノートだった。池の中心に浮いていたため、私は地に這いつくばって、袖を池の水で濡らしながらノートを手繰り寄せた。その間中、3階の窓から覗く彼女達の嗤い声が中庭全体に響きわたっていた。そのノートには、「しね」「ブス」「キモい」などの暴言が鉛筆やマジックで大きく書かれていた。それをタオルで包み、鞄に入れた。
学校が終わった。予報通り、外はまだ規則的な雨が降り続けていた。玄関で靴を履き替え、傘立てを見て悟った。朝確かにさしたはずの傘がなかった。数メートル先の雨の中から嗤い声が聞こえる。顔を上げるとやっぱり彼女たちが私の傘をさして歩いていくのが見えた。追う気にもならなかった。私はあらゆる全てのことをとうの昔に諦めていた。今日唯一幸せだった出来事も今、不幸に変化した。家まで20分程、雨に打たれる決意をし、私は帰路へと踏み出した。
雨の中へ入った私は、予想外のことに戸惑い、足を止めた。雨というのはこんなにも柔らかいのだろうか。私は天から落ちる銃弾の雨に当たりに行くような想像をしていたのだ。雨は私に優しかった。優しく伝って流れ落ちていく。視界が揺れて、目に溜まった液体が溢れ、零れる。
この世界は、少なくとも私の生きる世界よりは、優しく生ぬるかった。


11.6 柔らかい雨

11/6/2024, 10:56:03 PM