タイトル: 空に向かって
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「また負けた…」
少年・翔太はグラウンドに寝転び、真っ青な空を見上げた。サッカーの試合での敗北は、今日で何度目だろう。どれだけ努力しても結果がついてこない。もうやめたほうがいいのかもしれない。
「お前、また空を見てるのか?」
隣に座ったのは、チームメイトの悠人だった。彼はキャプテンで、誰よりも努力し、試合でも活躍する。翔太とは正反対だった。
「なんかさ、空っていいよな。負けても、悔しくても、こうして見上げると、全部どうでもよくなる気がする」
翔太の言葉に、悠人は少し笑った。
「でも、お前は本当にどうでもいいと思ってるのか?」
「え?」
「悔しいんだろ?」
翔太は返事ができなかった。心の奥では、悔しさがぐるぐる渦巻いていた。やめるなんて嘘だ。本当はもっと上手くなりたい。でも、どうすればいいのかわからなかった。
「じゃあさ、もう一回やってみるか?」
悠人がボールを転がしてくる。翔太は少し迷ったが、立ち上がった。そして、力いっぱいボールを蹴った。それは、どこまでも高く舞い上がり、青空に吸い込まれていった。
「お、いいシュートじゃん」
翔太は、自分の拳を握りしめる。まだやれる。まだ終わりじゃない。
空に向かって、もう一度走り出そう。
———
「またね!」
その言葉を最後に、彼は振り向くことなく駅の改札を抜けていった。いつもと変わらない、少しはにかんだ笑顔を残して。
春の風が吹いていた。桜の花びらが舞い、駅前の歩道に降り積もる。僕はその光景をぼんやりと眺めながら、彼の背中が見えなくなるまで立ち尽くしていた。
「またね」
それはきっと「また会おうね」という意味なのだろう。でも、その「また」がいつなのか、僕には分からなかった。いや、もしかすると、もう二度と訪れない「また」なのかもしれない。
僕たちは高校の卒業式を迎え、それぞれの道を歩むことになった。彼は遠く離れた大学へ進学し、僕は地元に残って就職する。今までは毎日のように顔を合わせていたのに、これからは簡単に会えなくなる。
それでも、「またね」と言われると、どこか救われた気がした。
それから一年後、僕のもとに届いたのは、彼の訃報だった。
事故だったらしい。信じられなかった。信じたくなかった。たった一年、たった一年会えなかっただけなのに。
あの日の「またね」が、もう叶わない約束になってしまった。
桜の花びらが風に乗って舞い上がる。彼の笑顔を思い出しながら、僕は空に向かって呟いた。
「さよならなんて言わせない。またいつか会えることを信じてる。またね。」
きっと、いつかまた会えるよな。
春風が優しく頬を撫でる。桜の花びらがふわりと舞い、透き通る青空の下で陽射しが穏やかに降り注いでいた。
高校の卒業式を終えたばかりの咲良(さくら)は、校門の前で立ち尽くしていた。手には卒業証書、そしてもう一つ、小さな封筒を握りしめている。
「これを渡せなかったら、一生後悔するかもしれない」
そう思いながらも、足がすくんで動けない。封筒の中には、ずっと心の奥に秘めてきた想いが詰まっていた。
「咲良?」
聞き慣れた声に振り向くと、そこには春斗(はると)が立っていた。彼とは中学からの付き合いで、何でも話せる大切な友人だった。でも、咲良にとってはそれ以上の存在だった。
「どうしたの?」と春斗が微笑む。
咲良は小さく息を吸い込み、震える手で封筒を差し出した。
「これ……読んでほしいの」
春斗は驚いた表情を浮かべながらも、優しく封筒を受け取る。春風が二人の間を通り抜け、桜の花びらがひらりと舞った。
「……ありがとう。大切に読むよ」
その言葉に、咲良の心が少しだけ軽くなる。風が吹き抜けるたび、彼女の不安も少しずつ溶けていくようだった。
「ねえ、桜が満開の頃に、また会おうよ」
春斗のその言葉に、咲良は笑顔でうなずいた。
春風と共に、彼女の新しい春が始まろうとしていた——。
***
しかし、その約束は果たされることはなかった。
数日後、春斗は交通事故に遭い、帰らぬ人となった。
その知らせを聞いた瞬間、咲良の世界は音を失った。嘘だと叫びたかった。でも、春風が運んでくるのは彼の不在を示す冷たい現実だけだった。
震える手で春斗の家へ向かい、彼の机の上に置かれた封筒を見つけた。それは、咲良が渡したものだった。
開封された封筒の中には、彼女の想いが綴られていた。
——好きです。ずっとあなたが好きでした。
涙が溢れる。読んでくれたのだろうか。返事を聞くことは、もう叶わない。
桜が満開になる頃、春斗はもういない。
でも、春風が吹くたびに、彼の声がどこかで聞こえる気がした。
「また会おうよ」
咲良は空を見上げ、春風にそっと問いかけた。
「いつか、また——」
涙の味
「佑斗、また泣いてんの?」
夕焼けに染まる帰り道。河川敷の階段に座り込んだ佑斗は、袖で目元を拭った。
「泣いてねぇし」
「嘘つけ。お前、泣くとすぐ鼻赤くなるじゃん」
翔が横に腰を下ろす。心地よい春の風が頬を撫でた。
「で、今度は何?」
「……進路のこと」
佑斗はボソッと呟く。
「親にさ、言われたんだよ。『お前は期待してたのに』って」
「は?」
「兄貴は東大、姉貴は医者。それに比べて、俺は凡人だってさ」
佑斗の笑い声は、自嘲に満ちていた。翔は鼻で笑う。
「んなこと言われても、お前はお前だろ」
「そう言うけどさ……」
佑斗の目は、どこか遠くを見ていた。
「俺、何のために生きてんだろうな」
その言葉に、翔は無言で立ち上がると、佑斗の腕を掴んだ。
「行くぞ」
「は?どこに?」
「つべこべ言うな、バカ」
翔は佑斗を無理やり引っ張る。
川沿いの道を駆け出した。
「お、おい!どこ行くんだよ!」
「知らねぇよ!」
バカみたいに走る。涙が滲む佑斗の視界で、翔の背中が夕日に溶ける。
やがて、二人は息を切らして足を止めた。
翔は満足げに笑う。
「な、くだらねぇことで悩んでる暇なんてねぇだろ?」
「……バカか、お前」
佑斗は呆れたように笑い、それから、また泣いた。
「……なんでお前は、そんなに俺に構うんだよ」
翔は少し考え、それからニッと笑った。
「お前が泣くと、なんかムカつくんだよ」
佑斗はまた涙を拭った。今度は、少しだけ笑いながら。
――あの頃、俺たちはただバカみたいに走ってた。
涙を流しながら、何もかも忘れるように。
だけど、それから数年後。
佑斗のスマホに届いたのは、一通の短いメッセージだった。
『じゃあな』
それが、翔からの最後の言葉だった。
その数時間後、翔は飛び降りた。
佑斗は何度もスマホを見返した。震える指で、画面をスクロールする。
「……は?」
意味がわからなかった。受け入れたくなかった。
どうして?お前が?
佑斗の頬を涙が伝う。
――お前がいなくなるなら、もっと全力で引っ張ってくれよ。
そう思ったところで、もう翔はいない。
涙の味が、やけにしょっぱかった。
- END -
BL&微グロ 意外と読めはするよ!
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小さな幸せ
「翔、何食べたい?」
「……なんでもいい」
「じゃあ適当に作るね」
狭いワンルームのアパート。翔はソファに寝転び、スマホをいじる。隣のキッチンでは、佑斗がカチャカチャと鍋をかき混ぜていた。
この生活も、もうどれくらい続いているだろう。翔はバイトを辞め、ほぼヒモのような生活。佑斗が細々と稼ぎ、翔を養っていた。
「ほら、できたよ」
出されたのはいつものカレー。翔はスプーンを手に取った。
「……味薄くね?」
「え?」
「てか、最近お前の飯まずいんだよな」
佑斗の手がピクリと動く。だが、何も言わずにカレーをすくった。
「そうかな」
「そうだよ。てかさ、お前って俺がいないと生きていけないんじゃね?」
翔はニヤリと笑う。佑斗は困ったように笑い返す。
「そうかもね」
翔は面白くなかった。佑斗はなんでも許してくれる。どんなに酷いことを言っても、笑って受け入れる。翔はそれが気に入らなかった。
「俺、もうお前に飽きたわ」
唐突に、そう言った。佑斗はスプーンを止める。
「……なんで?」
「別に。つまんねぇし」
佑斗は黙り込んだ。少しして、静かに口を開く。
「……誰か好きな人でもできた?」
「まあね」
適当に答える。そんな人いない。ただ、佑斗を試したかった。
佑斗はしばらく翔を見つめ、それからふっと笑った。
「……そっか」
そして、すっと立ち上がり、キッチンへ向かう。翔はスマホを見ながら、適当に飯をかき込んだ。
次の瞬間、視界の端で銀色の光が揺れる。
「え?」
冷たい感触が腹に突き刺さった。
翔は息を呑む。見下ろすと、佑斗が包丁を握っていた。翔の腹に、深く突き立てられている。
「……は?」
痛みが遅れてやってくる。内臓が焼けるように熱い。
「……飽きたって、嘘でしょ?」
佑斗は優しく微笑む。
「だって、翔がいなくなったら、俺どうしたらいいの?」
翔は声にならない悲鳴をあげた。だが、佑斗は容赦なく包丁を引き抜く。そして、もう一度、突き刺した。
「翔がいないと、俺はダメなんだよ」
ザクッ。
「だから、翔も俺がいないとダメになって?」
ザクッ。
「俺のこと、好きでしょ?」
ザクッ、ザクッ。
翔の口から血が溢れる。視界がぼやける。
「ねぇ、翔。言って?」
佑斗が微笑む。翔は震える指で、佑斗の頬に触れた。血まみれの唇を開く。
「……あ、い……し……」
佑斗は満足げに微笑み、そっと翔の髪を撫でた。
「うん。僕も、翔が大好きだよ」
翔の目から光が消えた。
佑斗は静かに、翔の冷たくなった体を抱きしめる。
――これで、ずっと一緒だね。
部屋には、カレーの匂いが微かに残っていた。
- END -