涙の味
「佑斗、また泣いてんの?」
夕焼けに染まる帰り道。河川敷の階段に座り込んだ佑斗は、袖で目元を拭った。
「泣いてねぇし」
「嘘つけ。お前、泣くとすぐ鼻赤くなるじゃん」
翔が横に腰を下ろす。心地よい春の風が頬を撫でた。
「で、今度は何?」
「……進路のこと」
佑斗はボソッと呟く。
「親にさ、言われたんだよ。『お前は期待してたのに』って」
「は?」
「兄貴は東大、姉貴は医者。それに比べて、俺は凡人だってさ」
佑斗の笑い声は、自嘲に満ちていた。翔は鼻で笑う。
「んなこと言われても、お前はお前だろ」
「そう言うけどさ……」
佑斗の目は、どこか遠くを見ていた。
「俺、何のために生きてんだろうな」
その言葉に、翔は無言で立ち上がると、佑斗の腕を掴んだ。
「行くぞ」
「は?どこに?」
「つべこべ言うな、バカ」
翔は佑斗を無理やり引っ張る。
川沿いの道を駆け出した。
「お、おい!どこ行くんだよ!」
「知らねぇよ!」
バカみたいに走る。涙が滲む佑斗の視界で、翔の背中が夕日に溶ける。
やがて、二人は息を切らして足を止めた。
翔は満足げに笑う。
「な、くだらねぇことで悩んでる暇なんてねぇだろ?」
「……バカか、お前」
佑斗は呆れたように笑い、それから、また泣いた。
「……なんでお前は、そんなに俺に構うんだよ」
翔は少し考え、それからニッと笑った。
「お前が泣くと、なんかムカつくんだよ」
佑斗はまた涙を拭った。今度は、少しだけ笑いながら。
――あの頃、俺たちはただバカみたいに走ってた。
涙を流しながら、何もかも忘れるように。
だけど、それから数年後。
佑斗のスマホに届いたのは、一通の短いメッセージだった。
『じゃあな』
それが、翔からの最後の言葉だった。
その数時間後、翔は飛び降りた。
佑斗は何度もスマホを見返した。震える指で、画面をスクロールする。
「……は?」
意味がわからなかった。受け入れたくなかった。
どうして?お前が?
佑斗の頬を涙が伝う。
――お前がいなくなるなら、もっと全力で引っ張ってくれよ。
そう思ったところで、もう翔はいない。
涙の味が、やけにしょっぱかった。
- END -
3/29/2025, 10:01:55 AM