春風が優しく頬を撫でる。桜の花びらがふわりと舞い、透き通る青空の下で陽射しが穏やかに降り注いでいた。
高校の卒業式を終えたばかりの咲良(さくら)は、校門の前で立ち尽くしていた。手には卒業証書、そしてもう一つ、小さな封筒を握りしめている。
「これを渡せなかったら、一生後悔するかもしれない」
そう思いながらも、足がすくんで動けない。封筒の中には、ずっと心の奥に秘めてきた想いが詰まっていた。
「咲良?」
聞き慣れた声に振り向くと、そこには春斗(はると)が立っていた。彼とは中学からの付き合いで、何でも話せる大切な友人だった。でも、咲良にとってはそれ以上の存在だった。
「どうしたの?」と春斗が微笑む。
咲良は小さく息を吸い込み、震える手で封筒を差し出した。
「これ……読んでほしいの」
春斗は驚いた表情を浮かべながらも、優しく封筒を受け取る。春風が二人の間を通り抜け、桜の花びらがひらりと舞った。
「……ありがとう。大切に読むよ」
その言葉に、咲良の心が少しだけ軽くなる。風が吹き抜けるたび、彼女の不安も少しずつ溶けていくようだった。
「ねえ、桜が満開の頃に、また会おうよ」
春斗のその言葉に、咲良は笑顔でうなずいた。
春風と共に、彼女の新しい春が始まろうとしていた——。
***
しかし、その約束は果たされることはなかった。
数日後、春斗は交通事故に遭い、帰らぬ人となった。
その知らせを聞いた瞬間、咲良の世界は音を失った。嘘だと叫びたかった。でも、春風が運んでくるのは彼の不在を示す冷たい現実だけだった。
震える手で春斗の家へ向かい、彼の机の上に置かれた封筒を見つけた。それは、咲良が渡したものだった。
開封された封筒の中には、彼女の想いが綴られていた。
——好きです。ずっとあなたが好きでした。
涙が溢れる。読んでくれたのだろうか。返事を聞くことは、もう叶わない。
桜が満開になる頃、春斗はもういない。
でも、春風が吹くたびに、彼の声がどこかで聞こえる気がした。
「また会おうよ」
咲良は空を見上げ、春風にそっと問いかけた。
「いつか、また——」
3/30/2025, 10:19:25 AM