浅葱 碧 (仮名

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「またね!」

 その言葉を最後に、彼は振り向くことなく駅の改札を抜けていった。いつもと変わらない、少しはにかんだ笑顔を残して。

 春の風が吹いていた。桜の花びらが舞い、駅前の歩道に降り積もる。僕はその光景をぼんやりと眺めながら、彼の背中が見えなくなるまで立ち尽くしていた。

 「またね」

 それはきっと「また会おうね」という意味なのだろう。でも、その「また」がいつなのか、僕には分からなかった。いや、もしかすると、もう二度と訪れない「また」なのかもしれない。

 僕たちは高校の卒業式を迎え、それぞれの道を歩むことになった。彼は遠く離れた大学へ進学し、僕は地元に残って就職する。今までは毎日のように顔を合わせていたのに、これからは簡単に会えなくなる。

 それでも、「またね」と言われると、どこか救われた気がした。

 それから一年後、僕のもとに届いたのは、彼の訃報だった。

 事故だったらしい。信じられなかった。信じたくなかった。たった一年、たった一年会えなかっただけなのに。

 あの日の「またね」が、もう叶わない約束になってしまった。

 桜の花びらが風に乗って舞い上がる。彼の笑顔を思い出しながら、僕は空に向かって呟いた。

 「さよならなんて言わせない。またいつか会えることを信じてる。またね。」

 きっと、いつかまた会えるよな。

3/31/2025, 1:44:33 PM