「ねぇ葉瀬(ようせ)、幸せってなんだと思う?」
ゲームをしている玲人(れいと)は目線を画面から葉瀬へ移して話しかける。
「え?幸せ?うーん…」
少し驚いた葉瀬と目が合う。
「幸せかぁ...難しいね......人によって幸せって違うもんね」
「葉瀬は...どう思う?」
「私は...」
葉瀬はコントローラーを持っていない方の手を顎に置く。
「わからないけど…嬉しかったり、心地よかったりするのが幸せなのかな?」
(「じゃあそれが葉瀬の幸せってことなの?」って聞いたら、そうなのかなぁ?って昔返されたっけ…)
と、あの日と同じゲームをしながら玲人は葉瀬に再び質問する。
「なぁ葉瀬」
「何?」
「幸せって何?」
「んぇ?幸せ?なんで?」
「なんとなく」
互いに画面から目線を離さず、前だけを向いて会話を続ける。
「葉瀬にとって何が幸せなの?」
「えー...?んー...」
カチカチ、とボタンを押す葉瀬。
「......今、かな」
「ん?今?」
玲人は気になって一度操作が止まる。葉瀬はぼんやりと画面を眺めながら、続けて答える。
「うん、今。玲人とゲームしてるこの時間が、私にとっては幸せ」
玲人は驚いてバッ、と葉瀬の方を見る。葉瀬は相変わらずボタンをカチカチと押して、画面を眺めていた。
「......それは、ゲームしてる時間が幸せなの?」
「ううん、玲人とゲームしてるから幸せ......あ、いや玲人と居られるから幸せなのかな」
そう言って葉瀬がチラリと横を見ると、玲人がコントローラーで顔を隠していた。
「ちょっと、何してんだよ」
「.........今、ちょっと顔見られたくない」
「なんだと。顔見せんか」
「やめろバカ」
頑なに顔を隠そうとする玲人の腕を、葉瀬は引き剥がそうとする。
「...玲人顔真っ赤」
「だからやめろって言ったんだろ阿保っ...!」
「あだっ!」
がすっ、と葉瀬の頭に手刀が落ちてくる。良いところに入ったのか「いてぇ」と頭を押さえてうずくまった。
「そーゆー玲人はどうなんだよ。何が幸せなの?」
「俺は…...えっ…?なんだろ......ふわふわで甘い時が幸せ?」
「そーーれ......うん、いいと思うよ」
葉瀬は何か言いかけたが、言葉を飲み込むことにした。
「ふわふわで甘い時かぁ......あれ...なんか、幸せの話って前もしなかった?気のせい?」
「んー、したかもね」
「やっぱり?なんて話したっけ」
「覚えてない」
「えー、思い出してよー」
「うーん、嬉しかったり心地よかったりするのが幸せって答えてた葉瀬なら覚えてるんけどなぁー」
「いやそれじゃん。覚えてんじゃん」
お題 「幸せとは」
出演 葉瀬 玲人
「良いお年を~」と振り返り、同じくこちらを見ている友人に手を上げて帰路に着く。
以前まであんなに暖かかったこの道は、今では一面雪景色と化していた。ぼぅっ、と息を吐けば目の前で煙に変わって消える。無防備な手をポケットに突っ込んで、肩を縮めて歩いた。
今年は忙しすぎて、去年より行事や年末を気にする余裕が無かったように思う。
この忙しさが終わったら、止まっていた小説を書こう。
来年こそはコタツでゆっくりみかんでも食べて紅白を観たいなと、そう思った大晦日だった。
お題 「良いお年を」
皆様、良いお年を。
「おはようごぜーます」
我に返ると黒い髪の少年が、寝そべっている俺を上から覗き込んでいる。
「お元気でしたかー?いや、お元気もくそもないか。誕生日おめでとう玲人(れいと)、君にプレゼントだよ。ちょっといいリンス...今はコンディショナーって言うか、それをあげよう。枕元に置いておくのはちょっとあれだから洗面台の下に入れといたよ。あ、一応どこで買ったかの紙も入れといた」
彼はピッと何もない白い空間を指差す。
勝手に一人でぺらぺらと話を進める少年。用件だけ言って早く帰ろうとしているのがひしひしと伝わってくる。
「え、誰?」
「言うと思ったよ~」
そう言って少年は話を逸らした。
「不変こそ美って言うじゃん?」
「えっと...何の話...?」
「でも変わらないものって無いと思うんだよね。君だって変わってるし」
変わってるってどういうことだろう、と考えていると少年は続けた。
「だって前の君なら『え、誰!?』か『...誰』って言ってたし。まぁ自分が丸くしただけなんだけどね~」
今なんかとんでもないことを少年は言った気がする。
「まぁ君は変わって当然なんだよ。なんたって今いる中で四番目くらいに生まれてるんだから」
「...一番目は...?」
「一番目は、氷華(ひょうか)ちゃん。あの娘も色々変えてるんだけどね。ちなみに君の前は葉瀬(ようせ)だよ」
どう?嬉しい?と少年はわくわくしながら聞く。
「えっと、おかしいでしょ。葉瀬は俺より年下なんだけど」
「...そうか。今のはメタいか。この話止めよ」
止め止め、と少年は俺の顔の前で手を払う。
「とりあえず誕生日おめでとう。早く起きて彼女の顔見てあげなよ。前の君なら、想像出来なかった事でしょ?」
「...あ、玲人起きた」
そんな声がして目を開けると、近くに葉瀬の顔があった。
「おはよう。誕生日おめでとう玲人」
「おはよ......近い…」
俺は葉瀬の顔面を手で押し返す。ぐえっ、と変な声が聞こえたが気にしなかった。
お題 「変わらないものはない」
出演 玲人 葉瀬 氷華(名前のみ)
玲人(れいと)はソファに座って、葉瀬(ようせ)が風呂から上がってくるのをスマホを眺めて待っている。
玲人は旧ツイ○ターの画面を行ったり来たりとエンドレスしていた。だんだんスクロールをするのが億劫になって、指が動かなくなってくる。暇だから見ているのにそれすらなんだか怠く辛くなってきた。
ぼー...っと画面を見て何を思ったか文字を打とうとする。しかし、頭が動かないのか文字が進まない。変だな。
考えても考えても、文字が頭に浮かばない。
とりあえず文字を打とうとした時だった。
「ちょっと、なにしてるの」
その声と共にスマホは手から離れ、空に移動する。
「葉瀬?もう上がってきたの」
「...声かけても返事無かったんだけど、何?」
「え、ごめん」
玲人が少し申し訳なさそうに謝ると、葉瀬は玲人の額と項辺りに手を当てた。
「...うん、熱いな」
「?」
「ちょっと待ってて」
葉瀬はリビングにある棚から、体温計を持ってきて玲人に計るよう言った。玲人は言われるがまま体温を計ると体温のパネルはゆうに38℃を超えた値を表示していた。
「...熱出てんね。だるい?」
玲人は何も言わずにぼんやりと頷く。葉瀬は一つ息を吐いて、玲人に聞く。
「ベッドまで歩ける?」
「...うん」
「じゃあ行こう。起きて」
葉瀬は玲人の手を取ると、ふらつく玲人の体を支えて寝室へと向かった。
お題 「風邪」
出演 玲人 葉瀬
拓也(たくや)と秋(あき)がいるリビングの空気がピリッとひりつく。
今日、疲れていて互いに気遣えなかったのだろう。そんな日もある。どちらから言い始めたのかなんて覚えていない。
「あぁそうですかそうですか、つまり俺が悪いってことなんですね」
「その言い方何?いかにも私が全部悪いです、みたいなの。これだから本読んでない人は」
「何。本読んでたら偉いワケ?その割りには人の心情読み解くのヘタクソなんだな」
「ゲームばっかりしてる人には言われたくないね」
「は?あれ仕事なんだけど!!」
「そうだったねーごめんごめん」
「その言い方マジでッ...!!」
拓也は怒りで拳を震わせ、奥歯を噛み締める。一方、秋は腕を組んで冷静を装っている。どちらも譲らない状況で空気は最悪だった。
しかし秋の一言で空気が変わる。
「私達別れようか」
「は」
「だから、別れようって」
「なんで」
秋の突拍子もない発言に拓也は返す言葉を失う。秋はそのまま続ける。
「元々、性格だって趣味だって正反対だったもの。喧嘩することだって、こうなることだって分かってた。拓也だって無理して本読むのに付き合ってるよね?」
「別に、それは」
「いつも難しそうな顔して読んでるじゃない。それに一緒にゲームしてくれるような彼女の方が拓也としては楽しいでしょう?」
そこまで言うと、拓也は下を向いて黙ってしまった。秋は一つ溜め息をつき、続けて言う。
「今日はもう寝よう。私も疲れたの」
そう言うと秋は寝室の方へ体を向ける。次の瞬間、黙っていた拓也が秋の腕を掴む。
「...何、私もう寝たいのよ」
「.........なったの」
「何て?もう少しハッキリ言って」
「...俺のこと...嫌いに、なったの...?」
弱々しい声が秋に届く。
「...え?」
「なんで、勝手に決めるの...?なんで嫌いになったの...?俺、やなとこちゃんと直すから......別れたくないっ...」
拓也は秋にすがりつくように腕を掴む。
「何がやだったのっ...?俺...俺ちゃんと変わるからっ......本だっていっしょに読む...ゲーム嫌ならやめるから...だからっ...」
「っ...そういうところ!私は拓也に強制したくないし、拓也自身の趣味を楽しんでほしいのよ!だから私以外の別の人と恋人になった方が拓也だっていいじゃない!」
「やだ......秋といっしょじゃなきゃやだっ...ゲームなんか捨ててもいい...秋が嫌なら仕事だってかわる...ゲーム出来ても、仕事楽しくてもっ......秋がいなきゃやだぁっ...」
拓也はそういうと柄にもなくぼろぼろと泣き出した。
「な、にそれ」
秋はそんな拓也を見て、連れて泣き出す。
「っ...私、拓也がわからない…ずっと何考えてるかわからない......優しかったり、急に怖くなったり、どこか行こうとしたり...もうわからないよ...」
「俺も、わかんないっ...秋のこと、初めて会った時からわかんないよぉっ......だからっ、知りたかった、いっしょに居たかった、なの、にっ...」
秋は自分の目元を袖で拭うと、拓也の顔を見るために頬に触れる。拓也の涙は止めどなく秋の手の甲を伝っていく。
「っ......ごめっ...んなさ...」
秋の手を掴む拓也の手は少し震えていた。
「...ごめんね拓也。酷いことも言ったし、別れようは流石に言い過ぎたね。本当に、ごめん」
「俺も、酷いこと言って...ごめんなさい...」
秋は片手でギュッと拓也を抱き締める。拓也はそっと離し、秋の背中に手を回した。
「今日はもう寝ようか。拓也も疲れたよね」
そう言うと拓也は顔を上げて、こくりと頷いた。
「...秋、ごめん」
「うん、私もごめんね」
そう言うとやっと最悪だった空気が、ぐちゃぐちゃに絡まった糸がほどけたように緩りとした。
お題 「終わらせないで」
出演 秋 拓也