久方ぶりに帰った実家。
小さい頃から使っていた部屋に入って片付けを始める。
中学や高校の制服、教科書
本棚に入りきらない漫画と小説
わがままを言って貰った父の形見のラジカセ
昔好きだったゲームや好きなアーティストのCD
大好きな部活の先輩から卒業式に貰った造花の花束
子供の頃にクレーンゲームでとったたくさんのぬいぐるみ
初めてのバイト代で買ったノートパソコン
推しのライブチケットとたくさんのチェキ
たくさんの思い出とわたしの青春を詰め込んだ部屋
家出した時から何も変わっていない部屋
脱ぎっぱなしのパジャマも
飲みかけのアイスココアも
溢れかえったゴミ箱も
いろんな種類のお菓子が入った箱も
全部全部、あの日から時間が止まってしまったかのようにそのまま
家出した日、まさか母も姉も弟もみんな強盗に殺されちゃうなんて思いもしなかった。
ここに帰らなければ、いつまでも現実を見なければ、今もまだここで3人が暮らしているんだって思い込めた。
先日祖母がこの家を売るから必要なものを取りに来るように言った。
だからわたしは重たい腰を上げてここに戻ってきたけど、やっぱり来なければよかった。
この部屋にあるものは別にどうでもいい。けどこの家にある母の部屋も姉の部屋も弟の部屋も父の仏壇も、何もかも、わたしは捨ててほしくない。
いつまでも、捨てないでこのまま取っておいてほしい
そう、願ってしまうのだ
お題「いつまでも捨てられないもの」
長い黒い髪に赤ピンクのインナーカラー
左耳につけたイヤーカフ
ぱっちり二重の大きな瞳
高い鼻
小ぶりな唇
口元に浮かぶエチチなホクロ
小さい顔
紫外線から守られた白い肌
ヒールで盛った少し高めの身長
ほっそりとしたほどよくには筋肉のある身体
女性らしさを強調する豊満な胸
色彩豊かに彩られた爪
黒を基準とした椿の花模様が描かれた麗しい和装姿
赤ピンクのインナーカラーをチラリ見せるように結われた髪に椿の花が咲き揺れるかんざし
腰元に帯刀された刀身長めの重たい刀
彼女は一変の隙も見せることなく敵を一刀両断してしまう。
彼女は口を開くと相手を貶すことしかしない
彼女は身内贔屓がひどい
彼女は何があろうと身内だけは守ってくれる
彼女は正しくボクの憧れであり誇りだった。
彼女の弟子でいられることが何より誇らしかった。
そんな彼女は今、失意の絶頂にいる。
彼女の師匠であり養父でもあった人が病気で亡くなってしまったからだ。
綺麗に整えられていた長い髪はボサボサ
いつでも色褪せることのなかったインナーカラーも色落ちしてきている
イヤーカフは外されて
ぱっちり二重の大きな瞳は半分までしか開けられず
小さい唇は乾燥してカサついて
ケアを欠かさなかった肌を放置して
ベットから出ることがないからヒールで背を盛ることもなく
筋肉は削げて脂肪へと変わり
爪も一切の色が無くなって
かんざしは机の上に
刀は壁に立てかけられ
和装はクローゼットの中に終われる。
彼女が引きこもって丸二年になった。
彼女の養母も養父の遺体と共に姿を消して帰ってこない
ボクの誇らしかった彼女はもうどこにもいない
お題『誇らしさ』
カンカンと音を鳴らして踏切が閉じた。
しばらく待てばガタンゴトンと電車が走る音が聞こえてくる。
「なに、してるの…?」
プオーンと大きな音を立てながら電車は走る。
「まっ、待って。ダメ!!」
わたしが手を伸ばして彼女の腕を掴もうとしたら彼女はわたしの手を叩いた。
「……ばいばい」
そして人が一人簡単に電車によって弾き飛ばされた。
そこからの記憶は一切ない
気づけば精神科の病院でメンタルケアを受けていた。
わたしの口は重く閉ざされていて何も答えることはできない。
ただ空な目をして透明なキミを眺めているだけ。
キミはいつもボクを指差しながら薄っすら笑みを浮かべている。
何も話してくれない。
手を伸ばしても触れられない。
ただじっとそこにいるだけ。
わたしは毎日キミに話しかけた。
そんなわたしに先生は渾身的に話しかけた。
ある日病院を抜け出して夜の海を見に行った。
「キミは海が好きだったよね」
月明かりが照らす青い青い海
「自殺するなら入水自殺するのかと思ってた」
押しては引いてをくる返す漣の音
「キミが死んだのはわたしのせいだって言いたいの?」
そこで初めて透明なキミはいつもと違う動きを見せた。
首を一度だけ小さく縦に振って、ボクの問いに肯定した。
「キミが死んだのはキミのせい。自殺したのはキミ自身」
わたしは靴を脱いで海の中に足を付けた。
「だからわたしがこれからすることもわたしの責任」
一歩足を前へと進ませた。
「キミはどんな気持ちで線路に入ったの?」
また一歩足を進ませる。
「怖かった?」
一歩、また一歩、進めば進むほどわたしの足を撫でる水嵩が増えていく。
「わたしは、ちょっと怖いかもしれない」
腰近くまで海の中に入れば、少し大きな波が出てきた。
体の力を一瞬でも抜けば波に攫われてしまうんじゃないかと、それが怖くて足を踏ん張らせて連れ去られないように必死だった。
「ダメだね。ごめんね待たせて、すぐに逝くから」
その時わたしの背を遥かに超える高い高い波がわたしの視界を埋めた。
「夜の海は青くて怖くて……きれい」
わたしの体全てを波が覆い隠す。
波が岸までたどり着いた頃にはわたしの姿は夜の海の中へと消えた。
お題『夜の海』
わたしはピアノを弾くことが大好きだった。
自由に好きなように、わたしの心のままに弾けば幼馴染が褒めてくれたから。
だけどピアノのコンクールで初めて賞を取ってから親の期待でわたしはピアノを弾くことを楽しいと感じられなくなった。
少しミスってもアレンジで誤魔化せば「すごいすごい」と褒めてくれた幼馴染と違って、先生は楽譜通りに弾くことを強要してくる。アレンジは楽譜通りに弾けた後だと
コンクールで賞を取れば取るほど、周囲の目が期待が重くて苦しくて辛くて、いつしかストレスになっていた。
中学生になったばかりの頃、急に耳が聞こえなくなった。
音が聴こえなくなった。
わたしは引きこもった。
昔のままただ楽しいと思いながらただ幼馴染のためだけに弾いていたあの頃のままだったら、こんな思いしなくて済んだのに。
コンクールに行ってみたい。
そう言ったのはわたし。でもわたしは参加したいなんて一言も言ってない。
こんなことになるくらいなら、こんなに苦しいのなら、いっそ弾けなければ良かった。
引きこもっているわたしを両親は無理やり病院に連れて行った。
お医者様は心の問題だと言う。
いつか聞こえるようになるかもしれないし、一生このままかもしれない
ある日、幼馴染が心配から家までやってきた。
「一生君の隣で聴いていたいと思うくらい
君の奏でる音楽がボクは好きだよ」
励ましの言葉だったのかもしれない。
けど、わたしは幼馴染のことを叩いてしまった。
無神経だと、人の気も知らないでと、叩いてしまった。
でも、今ではその言葉に感謝している。
昔みたいにキミだけのためにピアノを弾けるから
日弾いている限り、キミはわたしのそばからいなくならないから。
ねぇ、わたしの心を守ってくれているのはキミなんだよ?
キミがいないとわたし、もう、壊れちゃうかもしれない
あの言葉を勝手にわたしはプロポーズの言葉として受け取っていること、キミは知らないと思う。
けど、自分の言った言葉の責任はとってね、わたしの心のために
お題「心の健康」
全く運のない散々な日が年に数度あるが、ボクは今日そんな日だった。
朝起きたらもう後10分で出る時間
全力ダッシュで駅まで向かったのに階段で転かけた
目の前でドアが閉まって発車
学校に着いた瞬間にチャイムが鳴って遅刻
授業変更を知らず教科書が無い
お昼ご飯を家に忘れ
財布も見当たらない
スマホは充電切れ
電子スイカだから定期券はスマホの中
意気消沈していたら園芸部が花壇の水やり中にホースを放しびしょ濡れ
体操服は持っていない
保健室に借りに行けば男女が睦み合っている現場に遭遇
キレた男に顔面パンチを喰らった
ここまでが今日起こったことの顛末だ。
今ボクは日当たりのいいベンチの上で寝そべり授業をサボって服を乾かしている。
「まさか保健室に行って怪我を負うなんてなぁ」
ハハハと空笑いしながら遠くを見つめた。
はーっとため息を吐いて、現実から目を背けるようにして目を瞑った。
そしていつの間にか眠っていた。
目が覚めると眠気を助長させるようなピアノの音色が聞こえてきた。曲名は『グリーンスリーブス』
片目を開けて音楽室の方を見れば、窓の影からちらりと人影が見える。
「あー、相変わらず綺麗な音色だ」
ピアノの音が鳴り止むまでただ静かに聴き入っていた。
懐かしさに涙が溢れそうになるのを我慢しながらただじっと
一生君の隣で聴いていたいと思うくらい
君の奏でる音楽がボクは好きだ。
君がもう、その音色を自分で聴くことができなくなって
また耳が聞こえるようになることを願って何十回も何百回も苦しみながらピアノを弾き続けていることを知っていても
ボクは安易にそう告げたことがある。
そしたら君は泣きながらボクのことを叩いたけれど
ピアノの音色が聞こえなくなり、ボクは起き上がった。
「ひどいね、一生わたしの隣で聴いてるって言ってた癖にこんなところで寝てるなんて」
背後からそんな声が聞こえた。
頬をぷくーっと膨らませながら少し怒っている
「ちゃんと聴いてたよ」
「なら、いつもみたいに感想教えて」
ボクは苦手な手話で時折メモを交えながら感想を伝えた。
「わたしが読唇術覚えるのと、キミが手話を覚えるのどっちが先かな?」
「どーでもいいだろ。一生隣で君の奏でる音楽を聴くのはボクだけだ」
あのピアノの音色を聴いただけでボクの今日感じていた不幸全てがこの幸せなひとときのためだけにあるんじゃ無いかと、そう感じた
お題「君の奏でる音楽」