「あーつーいー!」
夏。
照りつける太陽が全身を焦がし、外にいるだけで干からびそうなほどに暑い。
「しーぬー」
おばあちゃん家の縁側でわたしは大の字で寝転がりながら唸り声を上げていた。
チリンとなる風鈴の音とたまに肌を撫でる風の心地よさがたまらなく好きで暑い暑いと言いながらもおばあちゃん家にいる時はいつもここに寝転がっている。
「なーつーきーらーいー」
リビングに行けば涼しいのはわかっていても、やっぱりここが一番好きで居心地が良い
コロコロと何度も何度も寝返りを打ち体制を変えながら寝転がり続けると、視界の隅で何かが飛んでいるのが見えた。
その何かはゆらゆらと揺れながらそのうち視界から外れる。
「なぁに?」
起き上がって庭を右から左へと視線をずらしていけば、麦わら帽子が木の上に引っかかっていた。
裸足のまま庭に降りて木のそばまで行き「よっ」という掛け声と共に軽くジャンプしながら麦わら帽子を手に取った。
真っ白いリボンのついたかわいらしい麦わら帽子。
きっと持ち主はおしゃれ好きなかわいい女の子だろう。
「近くにいるかな?」
裸足のまま玄関の方まで歩くと見知らぬ女性が家の前で立ち尽くしていた。
「これあなたの?」
麦わら帽子を渡しながら聞いても女性は何も答えずにじっと下を向いている。
「違うの?じゃあ回覧板?」
女性は首を横に振ったかと思うと走って逃げてしまった。
「ちょっ、え、待っ」
わたしは家のドアを開けて適当にサンダルを履くと女性の後を追っかけた。
家を出た時、女性の背は驚くほど小さく遠くまで走っていた。
追いつけるか心配だったが、気合いと根性と無駄にある持久力で追いかけ回す。
「まてぇえ!!」
短い悲鳴をあげながら逃げる女性の背を走って走って走って追いかけて数十分が経った頃、ようやく手を握ることができた。
「なんで逃げんの?」
ハァハァと上がった呼吸を整える間もなく聞いても女性は答えない。少し怯えているせいでわたしが悪者みたいな雰囲気が少し嫌だと思いながらもその手をしっかりと掴んで離しはしなかった。
「ぽ、ぽぽ」
「やっぱりあなたの?はい」
ようやく口を開いた女性に帽子を渡せば、女性はおずおずと帽子を受け取り頭に被せた。
「うん、かわいい!にあってるね」
「ぽぽぽ」
女性は少し照れくさそうにしながら帰っていった。
わたしは女性の背が完全に消えるのを待ってから帰路に着く。
「それにしてもあの子背がめちゃ高いなぁ。二メートルはあったりして」
この時わたしは知りもしなかったんだ。
「外国の地でも混ざってるのかな?」
彼女がこの村で有名な人だってことを
麦わら帽子に白いワンピース。
二メートルを裕に超える身長。
八尺様と様付けで呼ばれるとても有名でとあるネットサイトではいろいろな談義が施されているほどの人気者だと
わたしは後々サインをもらっておけばよかったと後悔した。
そして、あの子の被っていた麦わら帽子とそっくりなデザインな麦わら帽子を実家に帰った後に買った。
その年から何故かわたしだけおばあちゃん家を出禁になってしまったのはとても解せなかった。
お題「麦わら帽子」
「ま、まって!!!!」
目の前で閉まる扉に向かってわたしは思いっきり叫んだ。
しかし、わたしの叫びも虚しく電車の扉は完全に閉まり切り駅構内にガタンゴトンと音を響かせながら進んでいく。
「あ、あぁー終電だったのにぃ……」
その場で崩れるように座り込んだ。
スマホを見れば時刻は既に24時を回っている。
朝7時から働いて、残業が終わったのが15分前。上司の無茶振りで渡された仕事を急いで終わらせて厚底ヒールのパンプスで全力ダッシュをしたのに間に合わなかった。
「13時からきてる先輩は22時には帰ってたなぁ。なんでわたしばかり押し付けられるのよ」
明日も仕事は朝からある。今からホテル探してご飯食べてお風呂入って眠って、明日起きられるか心配だ。
取り敢えず立ち上がって駅から出た。ただぼーっと歩いて漫画喫茶かカプセルホテルか普通のホテルかを探す。最悪ラブホでもいいやっと思いながら。
わたしは今年で二十歳になる十九歳だ。高卒ですぐに働いて、でも勤めている会社はブラック企業で、年が一番下で、女で、ノーと言えない日本人だからか、めちゃくちゃ仕事を振られる。
君の今後のために
君には期待している
君ならできると思って
そんな言葉で無理矢理仕事を与えてくる上司を心の底で死ねって毒付きながら愛想笑いと共に受け取ってしまう。
「こちとら二十歳未満だぞクソ野郎!!」
人が通らないことをいいことに思いっきり叫んでしまった。
でもそれは仕方ない。
最近の平均睡眠時間は3時間。
土日はサービス残業ならぬサービス出勤。
仕事が終わってないならきなさい。これ社会の常識だから
上司に言われたクソみたいな言葉を聞いて毎日毎日目の下にクマを作りながら、苛立ちと共に反抗する気力もないまま働く。
「でも流石に家に帰れなかったのは今日が初だなぁ」
そんなことを考えていたら後ろからプーーっ!!!と猛烈な音が聞こえてきた。後ろを向けば枯葉マークのついた車がこちらに歩道側にすごいスピードで近づいてきている。クラクションを鳴らしたのは枯葉マークのついた車の一台後ろの車。
「まじか」
そんな言葉を吐いた瞬間わたしの体にスピードの乗った鉄の塊がぶつかってきた。
こんな終わり方するなんて、わたしの人生何だったんだろう?
お題「終点」