名無しLv.1

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11/14/2024, 6:20:39 AM

「では、また会いましょう」
名も知らぬ男とのやり取りは今月だけで既に三回目。流石に何かがおかしい。

きっかけは出先のコンビニだった。適当に見繕った昼食を会計したレジにあの男がいた。
「私も最近寝不足気味なんですよ。お医者さんにも薬を出してもらったりしてまして」
男は唐突に話し始めた。前回の続きと言わんばかりの内容だが、この男に会った覚えはない。名札を見てみると応援スタッフと記載されている。少なくともこのコンビニで会ったことはないはずだった。
返答に詰まっているうちに会計は終了し、ありがとうございましたの言葉と共にレジ袋が手渡された。
「では、また会いましょう」
付け足された言葉がやけに耳に残ったことを覚えている。 とりあえずこのコンビニは当分避けようと思ったことも。

それからというものの、度々男と顔を合わせることが増えていった。最初のうちは数ヵ月に一回だったが、今となっては一週間のうちに2~3回と増え、その度に知らない男の知らない話を聞かされている。違和感は恐怖心へと変わっていった。
もしかしてストーカーだろうか。だが良く聞くようなイタズラや物盗りの被害には遭っていない。これでは警察も頼れないだろう。
気がつけば男を避けるために自宅に引きこもるようになっていた。

ある日の昼頃、部屋のチャイムがなった。たぶん宅配便だろう。引きこもるようになってから買い出しは全てネットに頼りきりになっていた。
ドアを開けるとそこにはあの男がいた。
「隣に引っ越してきたものです」
状況が飲み込めない。寝ぼけているのだろうか。ほほの内側を噛み締めてみると確かな痛みと血の味がした。
男は挨拶ついでに話はじめた。また知らない話題だ。知らない男が知らない話をしている。それだけが異様に恐ろしい。
気がつけば話が終わっていたのか男が去るところだった。
「では、また会いましょう」
声が耳にこびりつく。ドアはとっくに閉めていたが未だに声が聞こえてくる気がしてこめかみの辺りを滅茶苦茶に掻きむしった。
男はまた、きっとやってくるのだろう。

11/13/2024, 2:47:51 AM

目が痛くなるくらい真っ白な世界に、わいわいキャーキャーとやたらにぎやかな声が響いている。
「チキンレースしようぜ」
「ソリで?」
「ソリで」
悪ぶったような顔を向けてきたが、耳当てやらダウンやらでモコモコになっているせいでいまいち決まってない。
「あのネット手前ギリギリまで滑ったほうが勝ちな」
どうやらチキンレースのルール自体は知っていたらしい。スリルはかけらも残っていないけど。
「そういうのって崖とか壁に向かってやるもんじゃないの?」
なんとなくそう溢すと、あいつは驚いたような焦ったような器用な顔をして見せた。
「そんなことしたら大ケガするだろ!」
さっきまでの悪ぶりが台無しだ。まあ赤いプラスチックのソリを引きずっている時点で絵面は0点だけど。
「ほら早くやろうぜ」
赤いソリが坂の手前へ引きずられていく。ふと辺りを見回すと低学年のやつらばかりで同学年がほとんどいないことに気づいた。
「今思ったんだけどさ」
ソリにまたがり準備万端といった様子のあいつは早くしろと言わんばかりの顔をしている。
「低学年に混じってソリやるのって十分度胸試しじゃない?」
「……それは言わない約束だぜ」
運動音痴二人組はそろって項垂れた。

11/12/2024, 4:13:08 AM

「なんかめっちゃ羽増えてないすか?」
「やっぱそう思う?」
ギネス狙えるんじゃないっすかと後輩は僕の羽をまじまじと見つめてきた。
「成長痛ヤバかった割に背伸びてないと思ったら……」
「ちっさいの込みで4対ありますよ」
僕の背面に回り込んだ後輩が教えてくれる。4対の翼計8枚の羽、そんなにいらん。
「この調子で背も伸びないかな」
「無理でしょ。羽がこんだけ発達してたら背に回す分ないっすよ」
非情な答えを躊躇いなく返してきやがる。こいつに気遣いの文字はないのか。
「これ全部動かせるんすか?」
そういえば試したことがなかった。羽を一つずつ動かしてみる。
「あっ駄目だわこれ。ピキッていった」
羽ってつるのか。めちゃくちゃ痛い。
後輩は悶えている僕を憐れんだ目で見ている。見てないで助けてくれ。
「見た目が立派でもこれじゃあダサいが勝ちますねぇ」
とりあえずこいつは後でしばく。

11/11/2024, 3:43:40 AM

「自分、オギなんで。ススキに用があるなら他当たってな」
月見用のススキを採りに河川敷にやってきたが、どうやらコイツはススキではないらしい。
「あ、露骨にガッカリした顔しよって。こちとらススキと間違えられまくって迷惑しとるんじゃ」
風に揺られた穂が苛立たしげだ。ときおり強く吹き付けられるせいもあって地団駄を踏んでいるようにも見える。
「だいたい何でススキばっか選ばれるんじゃ。自分らオギのほうがずっとフサフサしとるし色だって負けとらん! アンタもそう思わんか? 今年の月見はススキじゃなくてオギでどうや?」
オギに売り込みをかけられる日がくるとは。折角の話だが、ススキでないとまずい事情がある。
「え? 学校行事で使う? 理科の先生もいるから誤魔化せない? なんや融通のきかんヤツやな……」
垂れた穂がうなだれているように見えて心が痛む。家ではオギを使うよと言えば元気を取り戻したのか穂が少し持ち上がった。
「ススキも必要なんやっけ? ここいら一帯はオギやし、ススキは見たことないな。なあそこのアンタ!ススキ見たことないよな?」
「あ、自分ススキです……」
気まずい沈黙が流れた。遠目やったから間違えたかな、というオギの言葉が余計に居心地悪い気持ちにさせた。

11/10/2024, 3:45:28 AM

脳裏にいる天使と悪魔が今日も今日とて言い争いをしている。
「席を譲るべきです!」
「こっちが譲る必要があるか、かなり微妙じゃねえか」
現在の議題は目の前の、正しくは左斜め前のお年寄りに席を譲るか否かについてだ。
「まわりが動かないならこちらが動くべきでしょう」
「お前こそまわりをよく見てみろよ。目の前にも人がいるだろ。今動けばコイツが入れ替りで席に座っちまうだけさ」
分かるぞ、悪魔。まさにそこを懸念しているのだ。
「立ち上がる前に声をかければよいでしょう」
「左前に向かって? 隣のヤツがビックリするだろ」
正面よりもハードルが跳ね上がることは否めない。隣の人にビクッとされたら丸一日引きずる自信がある。
「だいたいあんなシャキシャキしたヤツに譲る必要があるか?断られるか、最悪キレられるぞ」
「断られたら引き下がればよいだけのこと」
天使は一向に引く気配がない。良心とは往々にしてそういうものなのだ。
「理屈でいえば左のヤツが譲るべきじゃねえか」
「まわりが動かないからこちらが動くべきだと先程も言いましたでしょう」
「ていうか電車降りなくて大丈夫?」
天使と悪魔の声が掻き消えた。慌てて停車駅を確認すると既に目的地に到着していたようだ。第三者の声に感謝しつつ電車を降りる。
このように天使でも悪魔でもない声が議論を終わらせることも少なくないのであった。

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