脳裏にいる天使と悪魔が今日も今日とて言い争いをしている。
「席を譲るべきです!」
「こっちが譲る必要があるか、かなり微妙じゃねえか」
現在の議題は目の前の、正しくは左斜め前のお年寄りに席を譲るか否かについてだ。
「まわりが動かないならこちらが動くべきでしょう」
「お前こそまわりをよく見てみろよ。目の前にも人がいるだろ。今動けばコイツが入れ替りで席に座っちまうだけさ」
分かるぞ、悪魔。まさにそこを懸念しているのだ。
「立ち上がる前に声をかければよいでしょう」
「左前に向かって? 隣のヤツがビックリするだろ」
正面よりもハードルが跳ね上がることは否めない。隣の人にビクッとされたら丸一日引きずる自信がある。
「だいたいあんなシャキシャキしたヤツに譲る必要があるか?断られるか、最悪キレられるぞ」
「断られたら引き下がればよいだけのこと」
天使は一向に引く気配がない。良心とは往々にしてそういうものなのだ。
「理屈でいえば左のヤツが譲るべきじゃねえか」
「まわりが動かないからこちらが動くべきだと先程も言いましたでしょう」
「ていうか電車降りなくて大丈夫?」
天使と悪魔の声が掻き消えた。慌てて停車駅を確認すると既に目的地に到着していたようだ。第三者の声に感謝しつつ電車を降りる。
このように天使でも悪魔でもない声が議論を終わらせることも少なくないのであった。
11/10/2024, 3:45:28 AM