#泣かないで
付き合って3年目のある日。
私が初めて愛した人は突然、この世を去った。
交通事故だった。
「ねえ、あの子の分まで幸せになってね」
彼のお母さんに葬式で言われた。
幼馴染だったから、彼の両親にも公認の仲だった。
頷く事もできなかった私に、
彼のお母さんは慰めるように抱きしめてくれた。
自分も息子を亡くして悲しいはずなのに
私の事を気遣ってくれる優しさは、彼に良く似ていた。
あれから1年。
少しずつ前を向けるようになった私は、荒れ果てた
部屋の整理を始めた。
彼の物を見るたびに涙が止まらなくて、
仕事も休んでいた。
こんなんだと、彼に笑われてしまう。
彼のお母さんにも合わせる顔がない。
悲しくはなるけれど、あの頃よりも思い出を
振り返られるようになったから。
「あ、これ初めてもらったネックレスだ」
「沖縄、楽しかったな」
「…っ!」
引き出しの奥から出てきた1枚の紙と私宛の手紙に
涙が止まらなくなった。
紙は、婚姻届だった。
手紙は、
誕生日のお祝いとこれからも一緒に生きていきたいと
いうメッセージだった。
事故から2週間後は私の誕生日だった。
ねえ、やっと泣かないで
前を向けるようになってきたのに…。
「私も一緒に生きたかったよ…。
置いていかないでよ…!」
彼のお母さん、ごめんなさい。
私、約束を守れそうにないです。
だって、彼と一緒に幸せになりたかった。
#冬のはじまり
通学路を歩く帰り道、
隣で歩くあなたとの距離が少しだけ近くなる。
「ん?どうした?」
「んー、ちょっと寒かったから…」
「そっか」
照れ隠しで誤魔化したけれど、きっとあなたは
手を繋ぎたい私に気付いている。
だって私の右手はあたたかくなったから。
春の終わりに付き合い出した私達。
夏は恥ずかしくて、誤魔化す事もできなくて、
あなたと手を繋ぎたいって言えなかった。
優しい彼は先に手を繋いでくれたけれど、
私から言いたかったから。
それでも恥ずかしくて誤魔化してしまう私だけれど、
やっぱりあなたは優しかった。
寒い日が増えてきたから、寒さに誤魔化して
あなたと距離が近づいてもいいよね?
あ、お揃いのマフラーも付けたいんだ。
それから、クリスマスに一緒に過ごしたいの。
冬はまだはじまったばかりだけれど、
あなたとしたい事がたくさんあるの。
誤魔化さずに伝えられるように頑張るから、
冬の終わりまで…
ううん、来年の冬もそのまた来年も
私の隣で歩いていてほしいな。
#終わらせないで
「デート、楽しかったね!」
そう言った僕に、少し震えた声で頷く彼女の声に
何故、気づけなかったのだろう。
お互い、仕事が忙しくて久々になったデート。
彼女と過ごせる時間が嬉しくて、楽しくて、
いつもなら気付ける彼女の変化に、
気付く事ができなかった。
デートから1週間。
いつも返信の早い彼女と連絡が取れなくなった。
仕事が忙しくて1日空く事はあったけれど、
1週間は初めてだった。
次の日、
彼女の携帯に連絡を取る事はできなくなっていた。
何故、どうして…。
共通の友人であり、彼女の親友へ連絡を取った。
「私から言ったら怒られちゃうなぁ。
でも、私はこの方がいいと思っていたから話すね」
そう切り出して話し始めた友人の話に
僕は涙が止まらなかった。
「もう…泣いてないで、さっさと会いに行きなさい」
そう背中を叩いて励ましてくれた友人は、
僕よりずっとかっこよかった。
着いた先は大学病院だった。
彼女は余命3ヶ月の宣告を受けて
僕から離れようとした。
デート後に別れを告げようとしたが、体調が急変して
意識が戻らないらしい。
「ねえ、何で教えてくれなかったのさ…。
僕にいつも無理しないでねって言うのに、
君が無理してどうするんだよ…」
友人に託された遺書代わりのラブレターを読みながら、涙が止まらない。
「勝手に終わらせないでくれる?
僕は君と結婚を考えていたんだけどなぁ」
「…っ!」
慌ててナースコールを押す。
僕の言葉と共に彼女の目が開いた。
「…っ」
声はまだ出ないらしい。
見開いた目から彼女が驚いている事が分かる。
言葉を交わす事なく、看護師さん達が
彼女の周りを取り囲む。
検索が終わって数時間後、僕はまた会いに来た。
「おはよう…。会えてよかったよ…。
さっきの言葉聞こえてた?勝手に終わらせないで。
君と結婚したいんだけど」
「…っ」
涙を流しながら首を振る彼女。
「僕の事、もう嫌いになったなら結婚は諦める…。
でもそうじゃなかったら、結婚してほしい。
終わらせないでよ、終わらせるつもりもないよ」
「…っ」
今度は頷いてくれた。
「ありがとう。絶対幸せにするから」
あれから奇跡的に回復した彼女は、
僕と結婚して2年後にこの世を去った。
3ヶ月の余命より長く生きた彼女に医者は驚いていた。
友人は結婚式で僕らより泣いていた気がする。
「ねえ、2年だけだったけど幸せだったかな?
僕はとっても幸せだったよ」
彼女との思い出の道を歩きながら呟く僕に
返事をするようなあたたかい風が吹いた。
#愛情
愛情とは何だろう?
思わず、辞書を取って調べる。
愛情とは、人や物を心から大切に思うあたたかい気持ち
らしい。
なるほど…。
どうやら愛情と呼ぶものは、
色々なものが対象になるようだ。
私の愛情は何に向けられているだろう…?
美味しいご飯を作ってくれるお母さん。
私の事を大好きな気持ちが隠せていないお父さん。
私に勉強を教えてくれるお兄ちゃん。
大好きな家族に向けられた私の気持ちは
きっと愛情だろう。
学校で仲の良い友達と話す時間。
ちょっと怖いけれど、話すと面白い先生の授業。
金賞目指して部活のみんなと演奏する時間。
一度しかない学生時代。
テストだったり、部活で怒られたり嫌な事もたくさん
あるけれど、毎日楽しんでいるこの時間も
きっと愛情だろう。
振り返れば、私はたくさんのあたたかい気持ちをもって
過ごしているようだ。
そしてまた、私が向けた愛情は
私に返ってきているのだろう。
だって毎日楽しいから。単純だけれど、毎日楽しいってとっても凄い事だと思う。
愛情に溢れた毎日を大切に、大好きな人達に
「ありがとう」を伝えていこうと思う。
#微熱
「ほら、熱あるじゃない…。学校に連絡入れておくね」
幼い頃は熱が出ると学校を休んでいた。
今思えば、微熱と呼ばれるくらいだった。
それでも下がり切るまでは家で過ごしていた。
大人になった今、微熱が出ても仕事は休めない。
薬を飲んで、微熱がある事を隠して自分を騙していく。
今日も仕事の疲れが出たのか微熱が出た。
幸い、今日は休みだ。
「はぁ…、休みでよかった….」
「大丈夫?休みで良かったかもだけど…」
思わずため息と共に呟いた独り言に被せて
心配する声が聞こえた。
半年前から同棲を始めた彼氏だ。
「ごめんね、ありがとう」
「ごめんはいらないよ。頑張ったんだから」
「…っ、うん。ありがとう」
「お粥作ったんだけど…」
「えっ…!食べる食べる!」
料理なんて無理って普段言っている彼なのに。
思わず飛び起きてしまった。
「大丈夫??そんなに早く起きたら悪化するかもよ」
「あは、そうかも」
「ええ、ダメじゃん…!」
「嘘だって、大丈夫。ありがとう」
思わず彼をからかってしまったけれど、
あなたの優しさで熱も下がりそうよ。
それよりも、嬉しさで高熱になってしまうかもね?