#時を止めて
大好きだよ、大好き…だったよ。
どこが好きだったのか、
何で好きだったのか分からないけれど、
一緒にいる時間がとても幸せだった。
一緒に登下校して、遊びに行って、
その時間が幸せだった。
好きって言ったことはなかったね。
これからも言うことはないと思うよ。
だって、そんなこと言ったらきっと困っちゃうから。
親友だと思ってた相手から好きだと言われるなんて。
同性を好きになるのは初めてだったけど、
全然戸惑わなかったよ。
何でだろう、あなただったからかな。
不器用な私を受け止めて、助けてくれて、
そんな優しいあなたのことみんな好きになるよね。
今は、もう好きじゃないよ。
ごめん、嘘。大好きだよ。
でも、友達としてだから。本当だよ。
きっと、ううん、絶対。
この涙はおめでとうの涙だから。
うん、おめでとう。幸せになってね。
これからも親友としてよろしくね。
大丈夫、私は大丈夫だから。
これから会いたくないって思っちゃう私が嫌だな。
親友として大好きなまま、時が止まればいいのに。
そうしたらこんな気持ちにならなくて良かったのに。
ごめんね、こんな私でごめん。
今日だけ、今日だけだから。
大好きだよ、大好き…だったよ。
#行かないでと、願ったのに
「ねえ、これ忘れてるよ!」
「あ、本当だ。ありがとう」
「もう、1番大事な物でしょ?」
「うん、そうだね」
彼は明日、この家から旅立つ。
珈琲ショップで働く彼は、自分の店を持ちたいと
海外留学を決意した。
高校から付き合い、大学卒業と共に同棲を始めた。
将来は結婚かも…と1人妄想していた私だったが、
現実に待っていたのは彼の留学だった。
大学の頃からいつかの留学の為に勉強していたのは
知っている。
でも、私が結婚に憧れていることだって
知っているでしょ…?
そんな事、言わないけど…。
何年行くかも教えられてない
留学なんて待ってられない。
明日、見送った後が最後かな…。
「あ、ねえ。大事な話があるんだけど」
彼が突然真剣な顔になった。
「何…」
「留学ね、1年間なんだ。
1年も、てかもっとだよね。今まで待たせて
本当にごめんなんだけど、
帰ってきたら結婚してほしい」
「え…」
「君が隣にいてくれるから、ずっと不安だった留学に
勇気をもって挑戦できるんだ。
行かないでって思ってくれているんだろうなってのも
伝わっているよ。それでも明るく送り出そうと
してくれてありがとう。
そういうところが大好きだよ」
「…っ。行かないでほしかった…」
「…うん」
「でも、留学夢だったのも知ってるし。
大学のお金自分で払いながら通って、
留学費貯めてたのも知ってる…。
同棲のお金だって…」
「…うん」
「…でも、私との未来は考えてないと思ってた…」
「そんなことないよ。そんなふうに思わせてごめんね」
「…信じられなくてごめん」
「いいよ。それでね、結婚はしてくれる…?」
「あ、ごめん。返事してなかった…。
それはもちろんだよ…!」
「あははっ。ありがとう。そう言ってくれてとっても
嬉しいよ」
「私も…!
でも、1年経っても帰って来なかったらその時は
もう私いなくなるからね…!」
「…っ!うん。約束するよ。
たった1人の女性を悲しませる人が作った珈琲なんて
誰も笑顔にできないからね」
「…もう!
あなたが淹れた珈琲飲むの、待ってるから」
「もちろん。ありがとう」
別れるつもりだったのに、
結婚しようと思ってくれていたなんて。
今でも行ってほしくないのは本音だけれど、
もうそれは言わないよ。
頑張るあなたをここで待っているね。
大丈夫、あなたならできるから。
私が1番知っているよ。
#涙の理由
お城のような建物、綺麗なお花、
あの頃憧れたプリンセスのようなドレス。
私の大好きな物に囲まれ、一生に一回の特別な日。
大好きな人が隣にいて、大好きな物に囲まれて
私、世界で1番幸せ!
先に結婚した親友が言ってた。
結婚式の花嫁は世界で1番幸せな人になれるよって。
結婚式に憧れはあったけれど、そこまで思うのって
ちょっと疑ってた。
親友のこと疑ってごめんね。
今なら気持ちがよく分かるよ。
世界で1番幸せな日から数年。
ねえ、どうしてよ。
私のこと好きって言ったじゃない。
一生大切にするって誓い合ったじゃない。
そんな約束守れないなら、
結婚したいなんて言わないでよ。
あの頃の幸せな気持ちが、真っ黒に染まっていく。
私、今何してる…?
私の目から流れるものは何…?
気づいたら目の前に親友がいた。
あれ、ごめんね。無意識に電話かけてたみたい。
ううん、いいよ。
幸せなあなたを巻き込みたくなかったのに。
ううん、大丈夫。私も一緒だから。
え…?
彼女の目から流れる涙は、私の真っ黒になった心を包む優しさだと思っていたのに。
#オアシス
まだ目覚ましの鳴る3時間も前。
仕事に行きたくないのか、
単純に寝苦しさからなのか。
嫌な目覚めだった。
二度寝しようとした時、電柱に止まる2羽の鳩が
何故か目に留まった。
まだ暗さの残る空と少しだけ差し込む太陽の光。
辺りに他の鳥はいない。
人間が簡単には届かない場所で寄り添っている。
まるで2羽だけの世界だ。
仕事で上手くいかなくて、逃げたくて仕方がなかった。
でも、逃げる勇気なんてなかった。
私の様子を知る上司は、
毎日仕事にきて偉いねと褒める。
休んだって何も解決しない。
仕事に行く事しか選択肢になかったから。
本当は休むだけじゃなくて、いなくなりたかった。
電柱に鳩が止まるなんて、日常の光景。
それでも何故だか、涙が出てきた。
私、誰かに寄り添って欲しかったのかな。
頑張った事じゃなくて、辛かった事に。
辞めてもいいよって。
流れる涙を無視して、無理やり目を閉じる。
自分の心が壊れる音に気付かない振りをして、
くまのぬいぐるみに抱きついた。
#一輪の花
"お金もないし、指輪も買えないけれど、
一生大切にするから結婚してほしい…"
一輪のひまわりの花を渡しながらのプロポーズ。
指輪もないし、夜景の見えるレストランでもない。
もっとかっこよくプロポーズしたかったけれど、
芸人を目指す俺にはお金がなかった。
それでもプロポーズをしたのは彼女があと少ししか
生きられないから。
彼女は別れを告げようとしたけれど、大好きだったから彼女と自分の夢を追いかける事を選んだ。
"どんなプロポーズよりも、世界で1番かっこいいよ"
泣きながら言ってくれた彼女のために
夢を叶える事を誓った。
相方と何度もオーディションを受けた。
小さな会場でライブをした。
毎回見に来てくれて、涙を流しながら笑ってくれる。
その笑顔に元気を貰い、どんな事も頑張る事ができた。
ねえ、賞レースで優勝したんだよ。
でっかいひまわりの花束買ったんだ。
憧れてた指輪も買ったよ。
ドラマで見ていいなって言ってたの知ってるよ。
なんで笑ってくれないの。なんで喜んでくれないの。
芸人なんだから彼女の事を笑かさないといけないのに。
涙しか出てこないのは何故だろう。
綺麗な顔で眠る彼女の手にあの時渡せなかった
ひまわりの花束を握らせた。