#行かないでと、願ったのに
「ねえ、これ忘れてるよ!」
「あ、本当だ。ありがとう」
「もう、1番大事な物でしょ?」
「うん、そうだね」
彼は明日、この家から旅立つ。
珈琲ショップで働く彼は、自分の店を持ちたいと
海外留学を決意した。
高校から付き合い、大学卒業と共に同棲を始めた。
将来は結婚かも…と1人妄想していた私だったが、
現実に待っていたのは彼の留学だった。
大学の頃からいつかの留学の為に勉強していたのは
知っている。
でも、私が結婚に憧れていることだって
知っているでしょ…?
そんな事、言わないけど…。
何年行くかも教えられてない
留学なんて待ってられない。
明日、見送った後が最後かな…。
「あ、ねえ。大事な話があるんだけど」
彼が突然真剣な顔になった。
「何…」
「留学ね、1年間なんだ。
1年も、てかもっとだよね。今まで待たせて
本当にごめんなんだけど、
帰ってきたら結婚してほしい」
「え…」
「君が隣にいてくれるから、ずっと不安だった留学に
勇気をもって挑戦できるんだ。
行かないでって思ってくれているんだろうなってのも
伝わっているよ。それでも明るく送り出そうと
してくれてありがとう。
そういうところが大好きだよ」
「…っ。行かないでほしかった…」
「…うん」
「でも、留学夢だったのも知ってるし。
大学のお金自分で払いながら通って、
留学費貯めてたのも知ってる…。
同棲のお金だって…」
「…うん」
「…でも、私との未来は考えてないと思ってた…」
「そんなことないよ。そんなふうに思わせてごめんね」
「…信じられなくてごめん」
「いいよ。それでね、結婚はしてくれる…?」
「あ、ごめん。返事してなかった…。
それはもちろんだよ…!」
「あははっ。ありがとう。そう言ってくれてとっても
嬉しいよ」
「私も…!
でも、1年経っても帰って来なかったらその時は
もう私いなくなるからね…!」
「…っ!うん。約束するよ。
たった1人の女性を悲しませる人が作った珈琲なんて
誰も笑顔にできないからね」
「…もう!
あなたが淹れた珈琲飲むの、待ってるから」
「もちろん。ありがとう」
別れるつもりだったのに、
結婚しようと思ってくれていたなんて。
今でも行ってほしくないのは本音だけれど、
もうそれは言わないよ。
頑張るあなたをここで待っているね。
大丈夫、あなたならできるから。
私が1番知っているよ。
11/3/2025, 1:37:52 PM