スープ

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9/17/2023, 3:39:35 AM

快晴を喜べない僕は、雨降りを恨むこともない。そうは言ってもやっぱり降らない方がいいのだと思う。だって今日の主役は僕じゃないから。姉は気の強い人だった。昔から僕と喧嘩ばかりして。誰にも頼らないくせして何にもできやしないの。そんな姉の披露宴だもんな。時間が人を変えたのだとしたら、それはそれは結構なことだと思う。何より彼女が幸せなら。信号が赤に変わって、シートベルトが僕を締め付けた。油絵のような曇り空を車窓から眺めていると、考え事がしたくなるのは何故だろうか。それも多少ばかりブルーなやつ。きっとそうは見えないと思うけど、僕だって、結婚願望ゼロってわけじゃない。所帯をもって人の温かみに触れて、穏やかに生活できたら何よりいいと願っている。でも相手がいないのでは仕方がない。本当は今、このときだって助手席で愛を振り撒いてただ僕のシニシズムを軽蔑してくれる女の子が欲しい。でも上手くいかない。こんな性格だから好かれないのか、好かれないのからこんな性格なのかは分からないけど。いや、多分前者なんだろうな。ああ、雨の一つでも降ればいいのに、なんて言葉が浮かんでしまった僕を誰か殺してくれ。そんなとき聞こえてきたのは馴染みのない誰かの歌声だった。

みんなが泣いているときに
上手く泣けなくてもいいのさ
みんなが笑っているときに
上手く笑えなくてもいいのさ

AMラジオからシンガーソングライターが、僕ではない誰かを慰めるために。信号がやっと青になって、僕は空から前方に視線を戻した。前の車はみな先を急いていく。フロントガラスにはたった今、大きな雨粒が落ちてきた。僕も鼻から息を一つ吸って口から吐き出し、ゆっくりとアクセルを踏んで加速を始める。



空が泣く Momの音楽よ永遠であれ

8/21/2023, 6:03:04 AM

彼女の言葉は、さよならの前にはふさわしくなさすぎた。二年前に死んだ母の、ポテトチップスはコンソメが好き、なんて最後の言葉よりもよっぽどあほらしかった。母の話は、しなくていい。大好きな人だった。勿論母のことだ。いなくなった彼女のことじゃない。あんな人のことははやく忘れたい。だけど、できない。昔バレーボールをやってた頃に言われたことがある。失敗したプレーの一つ前を振り返れ、それが失敗の原因だ。彼女の別れは何かの失敗だったのか。その一つ前だから彼女の言葉が忘れられないのか。本当に忘れられない。言葉だけじゃない。うん。いや、こういうのって野暮なやり方だな。忘れられないのは、忘れようとしてないからだ。結局彼女がいなくなるのがずっと怖いままなんだ。自分の前から、自分の思い出の中から。もういいんだ。あれこれそれって指事語ばかりの回想もしまいにして、ちゃんと終わりにしなきゃ。今までありがとう。それじゃあ、おはよう。さよなら。

さよならのあとのちいさなやり取りのあとのほんとのさよならが好き  山﨑修平

8/11/2023, 3:58:09 PM

転んでしまったからだろうか。膝に抱えた麦わら帽子はつばに解れているところがあって自分のすり傷よりももっと可哀想に見えた。私は泣き出した。誰もいない畦道だった。誰も助けには来なかった。やっぱり照りつける太陽だけが涙を乾かした。しっぽの生えた麦わら帽子を被り直してもう太陽の励ましなんていらないから、と言うように右足から走り始めた。誰もいない畦道だった。入道雲が青く見えた。私は走った。

7/20/2023, 3:03:34 AM

視線の先には海があり海の先にはきっと陸がある。この場所からその陸までの時間を海と呼ぶ。海には深さがある。海の下には海の下たる生命とその集合があり海の上には空。その青と青の狭間を朝と呼び青と青を海と呼ぶ。ことにして。
二年前海水浴に行くと言った君の横顔も海と呼びたい。君は助手席に乗ってポテトフライを犬歯にあてがいながら夏の間隙を縫って声に出す。うずまき管の中に住む私の夢を君の声が教えに来て門前払いしようと思っても金縛りにあってできない。君が笑う。後部座席に私たち以外を残して君が砂浜に走り出す。その後ろ姿を海と呼ぶなら私は海が好きだと思う。
海が嫌いだ。時間も朝も空も海だから嫌いだ。海だから嫌いなんだ。私が海に溶けていき今度こそ君の横顔を思いだし雨がふり夢がさめ夏がもう二度と来ないことを約束し君の後ろ姿をどうしても海と呼ぶならきっと私は海を愛すると誓う。

そして今年も夏がやって来た。視線の先には海がある。

5/3/2023, 1:44:03 PM

ありがとう、と言うと君は少しだけ笑って、もっと頑張らなきゃ、なんて返すから僕はそれが苦しくて悔しくて悲しくなる。ほんの少しね。ほんの少しだけ笑う君。小春。それが悔しい。
もっと頑張らなきゃ、と君が言って僕は、えらいね、頑張ってるね、無理しないでね、いつでも話聞くからね、って返すけど僕が本当に言いたかったのはそんなことじゃなかったんだ。それなのに、ほんの少し笑うしか誤魔化し方を知らない僕だから、君が心配する。春一番。悔しいな。
もっと、ありがとうが言いたかった。君を頑張らせるのが怖かった。ほんの少しの笑顔を、とびきりの笑顔に変えられない自分が情けなくて逃げた。ごめん。僕が本当に言わなくちゃいけないのは、ありがとうじゃなくてごめんなのかもしれない。だけど、君にもう一言だけ言えるなら。ありがとう。
春。やっぱりもう一言だけ。愛してる。

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