明日はずっと楽しみにしていたイベントの日だ。
オタクの、オタクによる、オタクの為のイベント同人誌即売会だ。
既に銀行へ行き、大量の千円札と小銭の準備はOKだ。……しっかしこの千円札の束、お金持ちになった気分になるね! 実際は五万円でしかないけどね!
ウキウキで準備をしていたら、スマホにラインの着信があった。
一緒に行く予定の友人からだ。
嫌な予感がする……。彼女は推し変が激しい上、好きな作品自体もコロコロ変わる。
恐る恐るラインを確認し、見た直後スマホをベッドに向かって「そぉい!」と放り投げてしまった。
『ごめん、コミケへは行けません。
いま、シンガポールにいます。』
嘘つけぇぇ!!!
『(嘘です)』
知ってるわ!
『(コミケ行けないのはほんと)』
まじか! まあこっちも、あんたは来ないかもなとは思ってたから、いいっちゃいいんだけど。
にしても急だな⁉︎
『今までと違うジャンルの同人誌を、私は作っています』
出たな、推し変!
『本当は、コミケが恋しいけど、でも……
今はもう少しだけ、知らないふりをします。
私の作るこの同人誌も、きっといつか、誰かの萌えの糧になるから。』
……このヤロウ。最後までパロを貫き通しやがった……。
本が出来たら見せてね、と返信し、『りょ』と返事をもらい、私はまた明日の準備の続きに取り掛かるのだった。
お題『君からのLINE』
俺は、何かケチをつけてやろうと、目の前の男をじっと観察するように見ていた。
ケチをつけてやりたかったんだ。仕方ないだろう。こんなに面白くない事はない。
俺たちの一人娘が連れてきた男だ。
幼い頃は「お父さんみたいな人と結婚する」と言っていた。……別に、そんな言葉を真に受けちゃいない。
だが、目の前の男は、何処となく俺に似た雰囲気を持っている。
歳の割に額が広かったり、押しの弱そうな人の好さそうな笑顔だったり、決して「イケメン」と呼ばれる部類ではない面構えだったり……。
妻と娘が席を立った隙に、そいつに尋ねてみた。「娘のどこが好きなのか」と。
男はしきりに照れながら、それでも迷う事なくきっぱりと言い切った。
「好きなところは色々ありますけど、一番は『ありがとう』と『ごめんなさい』がきちんと言えるところです」
ああ、くそっ! なんなんだこいつは!
それは俺たち夫婦が、娘が幼い頃から言い続けていた事だ。
誰かに何かしてもらったら「ありがとう」、自分が悪いと思ったら「ごめんなさい」。その二つは、聞こえるように大きな声で言いなさい。
俺と妻が、日常で大切にしている事だ。
それをこいつは『好き』と言った。
ああ畜生! 認めるよ! こいつは俺に似てる。
おかしなヤツなら反対も出来たんだが、反対する理由が見当たらない。
娘が外見ではなくきちんと中身を見て相手を選んだ事。その相手も娘の中身を見て好きになってくれた事。それらを心から嬉しく、そして誇らしく思うと同時に、「本当に娘は嫁に行ってしまうんだな……」という実感に、少なくない寂寥と喪失感を覚えるのだった。
お題『喪失感』
ライフハックお姉さん👩🏫<『世界に一つだけ』とか大層な事に聞こえるけど、ミクロな視点からしたら工場の大量生産品だって『全く同じ』物なんて一つもないわ。
つまり、ありふれているような物も全てが『世界に一つだけ』しかないのよ。
考え方次第よね。
お題『世界に一つだけ』
友人が最近、恋をしたらしい。お相手は、よく利用するカフェの店員だそうだ。
まあそれは別にいい。毎日「今日のあの子の髪型が〜」だの、「毎日お疲れ様ですって言われて〜」
だのと聞かされるのは多少鬱陶しくもあるが、楽しそうで何よりだ。
だが俺は今、真剣に頭を抱えている。
理由は、友人が俺に送ってきたメールにある。
そのメールには「彼女への想いを綴った詩」が書かれていた。
別に詩を綴るのも構わない。読んで感想を、とあったので読んでみたのだが、その感想をどうしたものかと頭を抱えているのだ。
まず書き出しがこうだ。
【君に出会ったその日から、僕のハートのメトロノームがカッチコチ】
……初っ端から突っ込みたい気持ちになるのだが、何処がどうおかしいのかが明確に言語化できない。
取り敢えず『カッチコチ』はどうかと思う。
【君の顔を見るだけで、8ビートが止まらない。
おっとテンポアップだ!
16ビートに変わったぞ! ナンチッテ😜】
……おじさん構文を混ぜ込むのはよせ。照れ隠しなのかもしれないが、普通に考えてただただキモい。
【君が微笑んでくれるだけで、胸の鼓動がワルツを刻む】
不整脈か?
【ズンチャッチャ ズンチャッチャ】
その一文は必要か?
……いや、それを言ってしまったら、この詩自体の存在意義が揺らいでしまうな……。
【タラリラリラリラリラ チャッチャラ〜】
うるせえ、さっさと話を進めろ。
【君の事を思うだけで、僕の鼓動は速くなる。
テンポアップ テンポアップ
アハハ🤣 速すぎてもう聴き取れないよ〜】
……病院へ行け。不整脈で診てもらえ。
【僕がこんな風になってしまったのは、全部キミのせいだからネ!】
いや、日頃の不摂生の賜物だろう。
【ドキドキドックン、ドンドコドン!】
何の音?
【僕の気持ち、いつか君に伝わるといいな。
LOVE いつまでも
LOVE 永遠に…】
唐突に締めやがった。もっと纏める努力しろよ。
俺は暫く、何と返事をしたものかと頭を抱えた末、友人に対してメールを返信した。
『循環器系の診察をお勧めするよ』と。
お題『胸の鼓動』
敵の足元にライフル乱射して「ははは! 踊れ踊れ!」っていうのやってみたい。
……だけど僕にはライフルがない。踊らせたいような敵もない。
心はいつでも半開き、伝える言葉が残される。
あぁあ〜、あぁ〜⤴︎
え? もういい? そっか。そんじゃ、また明日。
お題『踊るように』