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 俺は、何かケチをつけてやろうと、目の前の男をじっと観察するように見ていた。
 ケチをつけてやりたかったんだ。仕方ないだろう。こんなに面白くない事はない。
 俺たちの一人娘が連れてきた男だ。
 幼い頃は「お父さんみたいな人と結婚する」と言っていた。……別に、そんな言葉を真に受けちゃいない。
 だが、目の前の男は、何処となく俺に似た雰囲気を持っている。
 歳の割に額が広かったり、押しの弱そうな人の好さそうな笑顔だったり、決して「イケメン」と呼ばれる部類ではない面構えだったり……。

 妻と娘が席を立った隙に、そいつに尋ねてみた。「娘のどこが好きなのか」と。
 男はしきりに照れながら、それでも迷う事なくきっぱりと言い切った。
「好きなところは色々ありますけど、一番は『ありがとう』と『ごめんなさい』がきちんと言えるところです」
 ああ、くそっ! なんなんだこいつは!
 それは俺たち夫婦が、娘が幼い頃から言い続けていた事だ。
 誰かに何かしてもらったら「ありがとう」、自分が悪いと思ったら「ごめんなさい」。その二つは、聞こえるように大きな声で言いなさい。
 俺と妻が、日常で大切にしている事だ。
 それをこいつは『好き』と言った。
 ああ畜生! 認めるよ! こいつは俺に似てる。

 おかしなヤツなら反対も出来たんだが、反対する理由が見当たらない。
 娘が外見ではなくきちんと中身を見て相手を選んだ事。その相手も娘の中身を見て好きになってくれた事。それらを心から嬉しく、そして誇らしく思うと同時に、「本当に娘は嫁に行ってしまうんだな……」という実感に、少なくない寂寥と喪失感を覚えるのだった。


  お題『喪失感』

9/10/2024, 4:14:44 PM