無造作に落ち葉を踏みつければ、ざくざくと軽い音が鳴る。どんぐりの木は軽く、イチョウの葉は少し重い。枯れ落ちたマリーゴールドは、葉よりも芯の残った茎だけが取り残されている。
おもちゃ
お気に入りのおもちゃは、いつだって一番に壊れてしまった。ピンク色の首輪をしたクマのぬいぐるみも、深夜まで叫んだファミリーゲームも、初めて買ったスマートフォンも。
全てが正しく終わっていった。わたが萎み、ソフトがなくなり、バッテリーが劣化した。言い得て妙なもので、それは多分、決められた終わり方だった。
16歳の誕生日、プレゼントはなかった。逃げる様に一人暮らしを始めて数ヶ月、この家の場所は誰にも知らせていなかったし、誰かを呼ぶ予定もなかった。
「お前、無理してないよな? 」
そう言った彼もまた、どこか苦しんでいる様な顔で笑う。
「何だか、悲しげに笑うから」
彼は不思議な男だった。見目は可愛らしい部類に入るのだろう。しかし一度戦場に立てば、忽ち身長よりも大きく重い武器を振り回し、悪魔のような声で笑う。その声は誰よりも伸びやかで、当然のように光を連想させた。だから彼の『ライ』は優しい嘘で、鮮烈な光を見せる。
彼は誠実な男だ。苦しくても立ち上がり、責任を前に走り去ることはない。救える全てを掬い上げて、膝の土を払って『大丈夫だよ』と笑ってくれる。
小柳は、壁に上体を預けて天井を見つめていた。古い壁紙特有の歪み、響く半透明な言い回し。そんな世界で手元の利器は、あっという間にただの鉄板に成り下がる。
「別に、苦しくはないよ」
あの場所から去って仕舞えば、こうして無理に笑顔を作る必要もなくなるのだ。苦しいものを苦しいと、寂しさのままに寂しいと泣きついてしまえる。理屈的には全くもって、一筋の曇りもないはずだった。
誰よりも努力したつもりだった。
この西の地で、メカニックというものは異端者である。キリスト教徒の国で仏教が否定されるように、ジャズに溺れた人間がクラシックに眉を顰める様に、それは自然の摂理みたいな顔をしてやってくる。もちろんそうでない事もあるのだろう。しかしそんなの、海に一滴の真水を落とすのと変わらない。その一滴は余りに無力で、世界を変えるには到底足りないものだ。
同じように、伊波はこの地でひとりだった。自身が作る機械は性能に関わらず、まず批判される。異物は取り敢えず認めない、それがこの場所のルールだった。それがどんなに血肉を注いだ成果物だとしても、片手間に作ったガラクタだとしても何も変わらない。ゴミはゴミ、それだけの事だ。
「やるじゃん、お前」
だから、随分と拍子抜けした。あの能面を貼り付けたみたいな彼が、少年の様に目を輝かせていたから。
小柳ロウは、伊波にとってのトマトだった。伊波はトマトが嫌いだ。けれど、ミネストローネが美味しいことは知っているし、カプレーゼが人気である事も理解している。大衆に望まれるものには相応の価値と対価がある。それはトマトも、小柳も同じだ。
宝物
誰もが大切に、心に抱えているものがある。友情だとか愛だとか、昨日もらった小さなお菓子の1粒とか。それは誰に伝えるでもなく、ただその人自身の中で大なり小なり特別な意味を抱えている。だから僕は答えた。
「昨日飲んだジンバックの、氷で薄くなった最後の一口。」
時間の価値なんて所詮それだけのもの、人によって変わり得る、どこまでも不確かなもの。そんなものに縋っているから、人生は苦しくつまらない。
「厳しくあるべきも期待すべきも、全ては自分自身なんだよ。」
君は少し驚いたような、呆れたような、初めて見る表情をしていた。
少し酸っぱくて、苦くて、ぱちぱちとくすぐったい。
そんな全てが、僕の宝物。
スリル
戦闘において、スリルは常に傍にあるものだった。それが普通でないと知った時には、既に手放すには惜しい代物になっていたのだから笑えない。血を求め肉を裂き、それこそ本能のままに生きる獣のように。忘れられないあの匂いが、感触と音の全てが掴んで離さなかった。まるでそのために生きているこのように、衝動のまま戦闘に身を投げ出して、気づいた時にはやたら仰々しい肩書きまで背負ってる。
心配そうな顔をする友人がいる。仕方がないと零して、呆れた顔をして頬にこべり着いた赤黒いそれを拭って。はいできた、なんて微笑む姿が心底可愛らしいものだから、その度に頭を少し乱雑に撫で回しては怒られる。スリルとはまた違った安心感と居心地の良さに、これが幸せってやつなのかな、なんてらしくないことを思いながら。
少し湿った、消して歩き心地がいいとは言えないそこに一歩踏み出した。見上げた空は相変わらずの曇天で、それがなんだか、逆に自分らしい気がして。中途半端同士お似合いだね。誰に言うわけでもなく、変えるでもなく。
ちゃんと幸せだった。けれど、まだスリルを忘れられない。