ほたてのむくろ

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5/15/2026, 5:20:43 PM

後悔

「お前が、笑うな!!」

 風は冷たかったし、この曇天じゃ星のひとつも見えやしなかった。そんな、バッドエンドにはお誂え向きの空の下で、伊波は笑っていた。

「泣くなら泣けよ」

 本当に、訳がわからないと思っていた。この際全部言ってやる気で、小柳は口を開く。

「なんで、笑うんだよ」

 しかし、出てきた言葉はその一割だって音には乗せてくれやしない。そんなものだとわかっていても、こんな時に、少しくらいの例外が許されたっていいじゃないかと思った。
 気分は最悪だった。拳を叩きつけたい衝動を堪えて、視線だけは依然、伊波を捉えていた。

「こやが、泣くの」

 伊波は笑っていた。

「いいんだ、お前が泣くなら俺が笑うし、逆ならまた逆なだけ。全部俺が持ってくから、だから、お前は」

 伊波の言葉は、最後まで続かなかった。

「そんなの」

 他でもない、小柳が遮ったからだ。
 小柳はポロポロ泣いていた。駄々をこねる子供みたいに、それはもう格好なんてつきやしなかった。

「お前ならいいんだよ」

 小柳は叫ぶ。

「きっとお前が成長して、老いて、俺よりも先に死んで! そうなるもんだと思ってんだ」

 こんなに叫んだって、一歩が恐ろしかった。
 もう直ぐ目の前なのに、一歩を踏み出すのが、その手を取るのが怖くて仕方がない。触れた手を振り払われるのが、寂しくて虚しくて、どうしようもなく嫌で仕方がない。
 しかし、今行かなければならなかった。そうでなければ小柳は、きっとこの日を生涯悔やむだろうことが易々と想像できたのだ。

「ここにいてくれ、伊波」

 ひとつだって興味がない風な顔をしていた。しかしその瞳が僅かに揺れたのを小柳は見逃さなかった。

5/14/2026, 3:19:19 PM

風に身をまかせ

 たんぽぽは、その綿毛を遠くに飛ばす為に背を伸ばすと聞いたことがある。
「あの」
 伊波は、ちょうどたんぽぽのように無理をして笑顔を貼り付けたまま、強張った顔で言った。
「それは、我々に “死ね” という認識で間違いありませんか」

「って言ってみたけど、駄目だったねぇ」
 そして今、彼はその任務地の、乾き切らない地面に肢体を投げ出していた。風だけは絶え間なく流れているものだから、割れたゴーグルの隙間から風が入り込んでは前髪が踊った。顔を撫でる優しい風を受けながら、しかし次の瞬間には、うつらとしていた意識はあっという間に覚醒した。

「──」
「っ、」

 その名前にはどこか聞き馴染みがあった。しかし思い出す間もなく、次の言葉が降ってくる。

「──、起きろ」
「え、」
「そこは、お前の夢じゃないだろ」
「まって」

 ぶわり、大きく風が吹いた。
 その風に背を押されるまま、伊波は一歩踏み出していた。
 ぱしゃん、と軽い水音が鳴る。それで初めて、伊波は自身が小さな川に片足を突っ込んでいたことを自覚した。

5/11/2026, 2:38:34 PM

愛を叫ぶ

 ──私は、愛なんてと嘲る可哀想な彼にこそ、他でもない愛を叫ばせたいのです。

 そう笑った彼女の瞳が、なんだかどこまでも冷え切っていたのをよく覚えていた。
 彼女はよく笑う人だった。そしてよく食べ、よく泣き、よく寝ていた。片手で数えるに足る日の遠出の帰り、助手席で舟を漕ぐ彼女を見た時、なんだかどうしようもなく離したくないと思ったのだ。
 しかし彼女の視線は一向にこちらを捉えることはなかった。彼女にとって僕は良い友人であり、それ以上でもそれ以下でもないのだ。ただ都合よく、適度に心地よく、必要最低限の配慮を要する、そんな人間のままだった。
 彼女に意味ありげな本数のバラを渡した日、彼女は愛を叫ばせたいのだと言った。空を知らない人に虹を語るように、雨を知らない人に水たまりのメロディを聴かせるように。
 幸いなことに、僕ならそれをよく知っているなんて、そんな言葉は嘘でも出てこなかった。彼女が言葉を愛していることはよく知っていたし、嘘を嫌うことも理解していた。

「じゃあ、ラーメン食べに行きましょう」
「いいけど、他の女の子にそんなのいわないでね」
「どうして」
「だって、可愛くないもの」 

 ハンバーガーやたこ焼きはあまり適していない。同じように、汗をかいたりするものも好まれにくい。

「わかってます。でも、貴方はいいでしょう」
「まあね。さ、行こうか」

 彼女の背中を追いかけながら、その耳に揺れる赤いピアスを見つめていた。彼女の愛はとうの昔に結ばれて、僕のはいつまでも宙ぶらりん。

「わ、あの焼き鳥めっちゃ美味しいらしい!たべよ!」

 けれどまぁ、宙に浮いた人間からしか見えない景色もあるのだろう。

「ふふ、走ると転びますよ!」

 ならば僕は、このまま良き友人であろうと思うのだ。

4/30/2026, 3:10:03 PM

楽園

 楽園。
 人はそれを桃源郷と呼び、地獄と呼び、理想郷と撫でながら悲劇を謳う。
 伊波にとって、それは限りなく地獄に近い理想郷だった。そんなアトランティスは確かに憧れで、しかしそこに底なしの絶望があることを嫌というほど知っていた。
 だから、というのもなんだか不躾だとは思うのだ。しかしながら、伊波の現状はほとんど間違いようもなく、そんなアトランティスを模倣した様であった。

4/19/2026, 12:29:06 PM

もしも未来が見れるなら

 もしも未来が見れるなら、昨日空を飛んだ君を追いかけるだろう。倒産したラーメン屋の常連にだってなるし、サ終したゲームからは早々に手を引くだろう。黒歴史みたいな写真だって消さずにおいただろうし、きっと今よりもずっと増えている。
 いっそ憎いくらいに清々しい空を見上げながら、俺なそんなことばかり考えている。そんな風に、有る事無い事、一切合切に後悔し尽くしている。

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