柊リテラ

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8/4/2025, 11:40:51 AM

4. ぬるい炭酸と無口な君

恋人との久しぶりの逢瀬。恋人の家の寝室で仲良く……もとい、情交に及ぼうとしていたところ、彼のスマホがけたたましく着信音を鳴らした。俺を押しのけて応答する恋人。
しばらく話し込んだあと電話を切ったので、続きをしようと近付いたところ、躱されてしまった。そして、急な仕事が入ったとか言ってノートPCを開き、パチパチとキーボードを打って作業を始めてしまったのだ。
いい雰囲気だったのに……とむくれても彼は俺を見てくれない。仕方ない、彼を眺めて過ごそうと決めて1時間ほど経ったころ。

「んねー」
「……なんだ」
「それ、いつ終わるぅ?」

先程から何度か繰り返している会話。うざったく感じているのか、彼は眉間に皺を寄せてノートPCから顔を上げた。

「はぁ。さっきも言ったが、まだかかる。暇ならあっちでテレビでも見てろ」
「ちぇー」

唇を尖らせて画面に視線を戻した彼を横目にSNSを眺める。ゴロゴロと寝返りを打ちながら見ていると、肩が痛くなってきたので、体を起こして座る。
彼の仕事はまだまだ終わりそうにないようで、眉間のシワがさらに深くなっている。これは、夜になるまで終わらないんじゃないだろうか?
肩の痛みを取るため、指を組んで真上にのばし、体を左に倒した時だった。

「っ、邪魔だ!」

彼から放たれた低い声に肩を揺らしてしまう。手が彼に当ってしまったようだ。元の状態に直って見た彼の顔には、しまったと書いてあった。沈黙が自分たちの間に線を引くように流れる。

「……ごめん。俺、あっちいっとくね」

ベッドから降り、スマホを持って寝室を出る。引手に手をかけたところで彼に呼び止められる。

「……っ、待ってくれ!」
「俺、気にしてないから大丈夫だよ。仕事終わったら呼びに来て」

何か言いたげな彼を一瞥してから扉を閉め、リビングのソファーまでやってきた。そばに置かれていたカバンを漁り、炭酸飲料のペットボトルを取り出す。
キャップをひねって開け、ひと口飲む。ぬるい。それに、すっかり炭酸が抜けてしまっている。到底飲めたもんじゃないなと思いながらキャップをしっかり閉めてカバンに突っ込む。
ソファーの前にある机にスマホを置き、お気に入りのクッションを胸に抱いて横になる。目を閉じると先程の出来事が脳内再生される。悲しい気分にさせられるのが嫌で、別のことを考えていると眠くなってきた。寝て起きれば彼の仕事も終わっているだろうか。
深呼吸をするとすぐに意識は薄れた。



ふと、目が覚めた。窓の外を見れば、日はすっかり暮れている。
体を起こして立ち上がり、寝る前にカバンに突っ込んだ炭酸飲料をひと口飲む。完全に炭酸は抜けたようだ。
それを再度カバンに突っ込み、スマホを手に取る。時刻を確認すると、20時を少し過ぎたところだった。4時間ほど寝ていたらしい。彼の仕事は片付いたのだろうか。スマホをカバンに放り込んでゆっくりと寝室まで行き、音を立てぬように扉を開ける。中を覗いてみれば、4時間前と変わらずノートPCとにらめっこする彼がいた。
部屋を出た時よりも深い落胆を覚えて扉を閉めようとしたところ、彼がなにかに触発されたかのように顔を上げた。疲れが見える瞳と視線が交わる。彼が口を開いたのが見えたが、迷わず扉を閉めた。
リビングに戻り、ハンガーに掛けていた上着を取って袖を通す。身支度を整えていると、恋人が息を切らせてやってきた。

「さっき起きたのか……って、待て!なんで帰ろうとしてる?!」
「そんなに急いでどうしたの。まだ仕事終わってないんじゃ……」
「仕事はもう終わってる!!」

俺の言葉を遮って発言するあたり、余程余裕が無いと見える。口下手で無口な彼は、言葉を遮ることを全くしないから。

「そ。お疲れ様。いきなり仕事が舞い込んできて疲れたよね。ひとりでゆっくり過ごした方がいいよ」

その方がイライラしないし。と付け加えてカバンを手に取ると、後ろから抱きしめられた。

「嫌だ……帰らないでくれ……っ」
「離してよ」
「やだ、嫌だ……っ僕が、今離したら……君は帰ってしまう……っ」
「そーだね」

背中がじんわりと濡れていく感覚にため息をひとつついてカバンから手を離す。そのまま、彼に抱きつかれたまま寝室まで歩いていく。
扉を開けて乱雑に放り投げられているノートPCを安全な場所まで避難させ、己に巻き付く腕を引き剥がす。
案の定、恋人の顔は涙でぐちゃぐちゃになっており、腕で雑に涙を拭っている。
ベッドに腰掛けて彼に向かって腕を広げる。

「シュウヤさん。ぎゅーしよ?ほら、ぎゅーっ」

少し戸惑いを見せてから胸に飛び込んできた恋人をしっかりと受け止める。赤子のように泣き止まぬ彼を抱きしめて背中をさすり、頭を撫でる。

「意地悪しちゃったね。ごめんね」
「僕も、悪かった。昼間の……続き、したい」

か細い声で告げられた言葉に口角が上がってしまう。

「俺に啼かされたいんだ?」
「……君に、意地悪されたい」
「俺は君って名前じゃないんだけど?」

暗にオネダリするよう仕向けると、恥ずかしそうに呻いてから耳許で囁いてきた。

「……ユウヤ、僕を……、て……」
「よく聞こえなかったなぁ。もう一度言って?」
「〜〜〜っ、僕を、抱いてって言ったんだ!」
「ふぅん?」
「なんなんだもう!お預けを食らったのは、君だけじゃないんだぞ!……僕だって君が、ユウヤが欲しいんだ……だから、早くっ、」

ああ、可愛い。もっとからかっていたい。でも、彼も俺も、もう既に限界だから。彼の唇を強引に奪った。互いの熱を貪るように酸欠寸前まで口付けを交わす。息継ぎのために口を離してやれば、銀糸が伸びて切れた。肩で息をする彼の表情は蕩けきっている。

「今日は、このまましよっか。きっと好きだと思うよ」
「へ……?あ……っ」

服の端から手を入れた。

7/28/2025, 11:49:30 AM

3. オアシス

「あっつ〜……もう溶けるぅ……」

連日の酷暑ですっかり参ってしまっていた僕は、やっとの思いで家に辿り着いた。時刻は22時を回るところ。これでもかなり急いで帰ってきたのだ。手に持ったケーキ箱を必要以上に揺らさぬように。今日は、2ヶ月ぶりに恋人が来る日だから。

「ただいま〜……」

鍵を回して玄関扉を開けると、明かりがつけられていた。下を見ると恋人の靴が転がっていて、ちゃんと合鍵を使って家の中に入ってくれたのだと分かる。
扉を閉めて鍵をかけ、靴を脱ぐ。自身の靴を綺麗に揃えたついでに恋人の靴にも手を伸ばし、自分の靴の隣に並べる。靴同士が寄り添っているように見えることに満足し、リビングへ向かう。
引き戸を開けてみれば、ひんやりとした空気が流れ出てきた。涼しい。まるで砂漠の中で見つけたオアシスのようだ。エアコンをつけて僕を待っていてくれたのだろう、恋人が部屋着姿でソファーに座ったまま寝ている。
とりあえずケーキを冷蔵庫の中にしまい、手を洗ったり着替えたりと身の回りの支度を整える。恋人にはこざっぱりした姿で触れたいから。
一通りを終え、恋人が寝ているソファーに近付く。すっかり寝入ってしまっているようで、なかなか起きそうにない。一応、声をかけてみる。

「△△、△ちゃ〜ん?」

ダメだ。全く起きない。こんなところでこんな格好で寝ていては体を痛めてしまう。仕方ない、寝室まで運ぶとしよう。恋人を運ぶ前に寝室までの動線を確保する。当たりそうなものは除けて扉を開ける。寝室の扉も開け、掛け布団を半分ほどめくる。寝室も良い感じに冷えている。彼がやってくれたのだな、と思うと口角が自然に上がってしまう。
必要な準備が完了したので、リビングへ戻り、すやすやと眠る彼を抱き上げる。彼の腕を首の後ろに回すと、ぎゅうっとしがみついてくれた。落としてしまう心配が減ったのと、寝ていても甘えてくれる恋人が愛しくて嬉しくなってしまう。

「ふふ、僕のこと好きなんだねえ。嬉しいなぁ」

ご機嫌で寝室へ向かう。ヘッドボードに頭をぶつけぬよう、ベッドへ慎重に下ろす。しがみついていた手もするりと解けた。掛け布団を掛けてやると、彼が目を覚ました。眠たそうに目を擦っている。

「ん……ぁ……○○、おかえりぃ……おへや、すずしかった……?」
「ただいま、△ちゃん。部屋、涼しかったよ。ありがとうね」
「ふ、へへ……良かったぁ……」

ふにゃりと笑う彼に愛おしさと情欲を感じてしまう。おかしい。何故こんなにも欲を掻き立てられているんだ。
気持ちを静めるため、部屋を出ようと彼に背を向けたところ、服の裾を引っ張られた。振り返ると、眠気を含んでとろんと蕩けた瞳が僕を見つめていた。

「どこ、行くの……」
「ちょっとね。△ちゃんは寝ときな〜」

我慢できず、彼に手が伸びた。髪を撫で、頬にも触れる。柔らかな感触が、欲望を一層膨れ上がらせる。これ以上はいけない。手酷く襲ってしまいそうだ。

「俺と、一緒にいてくれないの……?」
「……汗かいてるし、シャワー浴びてくるから待ってて」
「そんなの後でいいじゃん……ね、こっち来て」

裾を強く引っ張られ、バランスを崩しそうになる。顔がぶつかりそうになり、慌ててマットレスに手をつく。何とかぶつからずに済んだ。

「△ちゃん、そんなに引っ張ったら危ないって!」
「……〜っ、もう○○のわからず屋!俺、さっきからお誘いしてるの!シャワーとかどうでもいいから早く来てよ!!」

言葉を返す暇もなく彼が矢継ぎ早に畳み掛けてくる。

「てかシャワー浴びるって嘘でしょ?!石鹸の匂いしてるし!指図め俺が寝入ってるから、〝ソレ〟自分でどうにかしようって考えてたんでしょ!?ムラついてるの知ってんだかんね俺!!何とか言ったらどうなの?!」
「ああ……うん。概ね△△の言う通りだよ」
「やっぱり!!!」

彼が体を起こし、より一層、顔が近付く。吐息が触れ合う近さ。彼が僕の後頭部に手を回すと同時に唇を奪われた。息が続かなくなるまで口付けを交わす。

「……愛しい男の乱れた姿を見たいのは、○○だけじゃないんだからね……はは、もう我慢の限界、だよね。……来て」

彼に誘われるがまま、ベッドに上がって押し倒す。彼の頬に手を添わせると、手のひらにキスをされた。僕の様子を伺ってから手のひらに頬を擦り寄せて、口を開く。

「お手柔らかにね?My darling♡」

7/25/2025, 4:24:09 PM

2. 半袖

俺の恋人は年中薄着だ。家の中では半袖短パン。半袖じゃなくてタンクトップの時もある。薄着なのは外でも変わらない。夏は家の中と同じく半袖短パン。冬は薄いチュニックやトレーナーにサマーパンツ。ヒートテックなんて家には1枚もないし、コートは数える程しか着ない。
家の外での服装は公序良俗に反していなければ良いし、正直、好きにすればいいと思う。だが、家の中では……特に俺の前ではやめてほしい。目のやり場に困るし、恋人だからその……興奮するというか……劣情を抱いてしまうのだ。それとなく何度かやめてほしいというお願いをしたのだが……。

「ぜーっっっったいヤダ。」

この拒否されようだ。俺がどんなに懇々と理由を説明しようとお構いなしだ。むしろ説明すればするほど、簡単に脱げてしまうようなゆるゆるの服をこれ見よがしに着るのだ。

「なあ。寒くないか?上にもう1枚着た方がいいんじゃないか」
「べっつにぃー。オレは寒くないしー」

寒いなら温度上げれば?とわざとらしく服の襟ぐりから肩を出して煽られる。仕方ない。乱暴な手は使いたくなかったのだが……何度言っても改善の余地が見えないのだ。仕方あるまい。強硬手段に出よう。
仰向けのときを狙って抱き上げる。じたばたと暴れるがお構いなしだ。

「ちょ、ちょっと!何すんだよ!」
「あんまり暴れると落ちるぞ」

寝室まで恋人を運び、少々手荒にベッドへ下ろす。

「まだ昼間なんだけど?!」
「それがどうした?」

にっこり笑みを浮かべ、手首をシーツへ縫いつける。恋人の頬が引きつっている。

「○○ごめんッ、謝るから……!」
「もう遅いな」

往生際が悪い恋人の顎をすくって口付けた。



翌朝。身支度を整えていたらしい恋人の絶叫が聞こえてきた。ドタバタと走る音が近付いてくる。怒り心頭といった様子で、ベッドに腰かけている俺の前に立つなり自身の首筋を指さして抗議してきた。

「おいッ、○○!!なんだよこれ!!」
「昨日付けた痕だな」
「そんなことはわかってんだよ!オレはなんでこんなに付けたんだって聞いてんだよ!!」

子犬のように吼える愛しい男の首筋にはおびただしい数のキスマークと歯形が付いている。

「フン、そんなに付けられるのが嫌なら服装を改めることだな」
「べっ、別に嫌だとは言ってねえだろ……」

昨日の行為は満更でもなかったらしい。〝あれは〟彼なりの誘いだったようだ。顔を見られたくないのか、そっぽを向く恋人をニヤニヤ笑いながら見つめる。

「と、とにかく!こんな姿で外を歩けないからどうにかしろ!」
「首が隠れる服を着ろよ」
「そんなんオレ持ってねえよ!」
「じゃあ、俺の服着ればいいだろ」
「え、そ、そんな恋人みたいなこと……」

そう呟いて頬を赤らめる恋人の腕を掴む。

「もう今日は外出るな。いや、出られなくしてやる」
「はっ!?なあ、おい待てよ、待てって!!」

彼が開放されたのは太陽が赤く染まる夕方だったとさ。

7/18/2025, 5:05:26 PM

1. special day

今日は、特別な日だ。
僕が愛して止まないひとが生まれた日。
貴方は老いを感じる日だから祝わないでほしいと言うけれど、僕にとっては愛しい貴方がこの世に誕生した日なのだ。どうして祝わずにいられようか。
僕は貴方を愛しても愛しても足りないと思うのだ。減るものではないのだから、存分に貴方を祝わせてほしい。
あと、願わくば僕に甘えてわがままをぶつけてほしい。どんな無理難題でも僕は叶えたいと思ってしまう。他でもない貴方の願いだから。
貴方は何を願うだろうか。
貴方は美味しいものを食べている時に幸福を感じると言っていた。高価なものから安価なものまで貴方はなんでも好んでいた。となれば願いは美味しいものが食べたいだろうか?そうであれば僕が腕をふるって貴方を満足させよう。もし僕に作れないものを願うならば、買いに走ろう。どんなに遠くても構わないさ。
貴方は歴史的建造物や、大自然が形作る景色を眺めるのが趣味だと言っていた。やはり旅行がしたいだろうか?ならば僕が貴方を連れて何処までも行こう。素晴らしい景色を見て、何物にも代えがたい思い出をたくさん作ろう。貴方が満足するまで、何処にだって行くさ。
僕は貴方のためならば、なんだってできるんだ。無論、この身を差し出すことだって厭わない。貴方の生きる糧になれるのならば、僕は本望だ。
だから。だから、どうか目を開けてほしい。そのすっかり隠してしまった、眩い輝きを放つ宝石のような双眸に僕を映して笑ってほしい。ただそれだけでいい。僕には貴方しかいないんだ。

真っ白な病室の、窓際に赤いバラの花束。カッチリとしたスーツに身を包んだ青年が今日も眠れる病人に話しかける。時折涙を流しながら、日に日にやせ細っていくベッド上の住人の手を握る。明日にはきっと自身の願いが実現するという希望を持って。