4. ぬるい炭酸と無口な君
恋人との久しぶりの逢瀬。恋人の家の寝室で仲良く……もとい、情交に及ぼうとしていたところ、彼のスマホがけたたましく着信音を鳴らした。俺を押しのけて応答する恋人。
しばらく話し込んだあと電話を切ったので、続きをしようと近付いたところ、躱されてしまった。そして、急な仕事が入ったとか言ってノートPCを開き、パチパチとキーボードを打って作業を始めてしまったのだ。
いい雰囲気だったのに……とむくれても彼は俺を見てくれない。仕方ない、彼を眺めて過ごそうと決めて1時間ほど経ったころ。
「んねー」
「……なんだ」
「それ、いつ終わるぅ?」
先程から何度か繰り返している会話。うざったく感じているのか、彼は眉間に皺を寄せてノートPCから顔を上げた。
「はぁ。さっきも言ったが、まだかかる。暇ならあっちでテレビでも見てろ」
「ちぇー」
唇を尖らせて画面に視線を戻した彼を横目にSNSを眺める。ゴロゴロと寝返りを打ちながら見ていると、肩が痛くなってきたので、体を起こして座る。
彼の仕事はまだまだ終わりそうにないようで、眉間のシワがさらに深くなっている。これは、夜になるまで終わらないんじゃないだろうか?
肩の痛みを取るため、指を組んで真上にのばし、体を左に倒した時だった。
「っ、邪魔だ!」
彼から放たれた低い声に肩を揺らしてしまう。手が彼に当ってしまったようだ。元の状態に直って見た彼の顔には、しまったと書いてあった。沈黙が自分たちの間に線を引くように流れる。
「……ごめん。俺、あっちいっとくね」
ベッドから降り、スマホを持って寝室を出る。引手に手をかけたところで彼に呼び止められる。
「……っ、待ってくれ!」
「俺、気にしてないから大丈夫だよ。仕事終わったら呼びに来て」
何か言いたげな彼を一瞥してから扉を閉め、リビングのソファーまでやってきた。そばに置かれていたカバンを漁り、炭酸飲料のペットボトルを取り出す。
キャップをひねって開け、ひと口飲む。ぬるい。それに、すっかり炭酸が抜けてしまっている。到底飲めたもんじゃないなと思いながらキャップをしっかり閉めてカバンに突っ込む。
ソファーの前にある机にスマホを置き、お気に入りのクッションを胸に抱いて横になる。目を閉じると先程の出来事が脳内再生される。悲しい気分にさせられるのが嫌で、別のことを考えていると眠くなってきた。寝て起きれば彼の仕事も終わっているだろうか。
深呼吸をするとすぐに意識は薄れた。
❁
ふと、目が覚めた。窓の外を見れば、日はすっかり暮れている。
体を起こして立ち上がり、寝る前にカバンに突っ込んだ炭酸飲料をひと口飲む。完全に炭酸は抜けたようだ。
それを再度カバンに突っ込み、スマホを手に取る。時刻を確認すると、20時を少し過ぎたところだった。4時間ほど寝ていたらしい。彼の仕事は片付いたのだろうか。スマホをカバンに放り込んでゆっくりと寝室まで行き、音を立てぬように扉を開ける。中を覗いてみれば、4時間前と変わらずノートPCとにらめっこする彼がいた。
部屋を出た時よりも深い落胆を覚えて扉を閉めようとしたところ、彼がなにかに触発されたかのように顔を上げた。疲れが見える瞳と視線が交わる。彼が口を開いたのが見えたが、迷わず扉を閉めた。
リビングに戻り、ハンガーに掛けていた上着を取って袖を通す。身支度を整えていると、恋人が息を切らせてやってきた。
「さっき起きたのか……って、待て!なんで帰ろうとしてる?!」
「そんなに急いでどうしたの。まだ仕事終わってないんじゃ……」
「仕事はもう終わってる!!」
俺の言葉を遮って発言するあたり、余程余裕が無いと見える。口下手で無口な彼は、言葉を遮ることを全くしないから。
「そ。お疲れ様。いきなり仕事が舞い込んできて疲れたよね。ひとりでゆっくり過ごした方がいいよ」
その方がイライラしないし。と付け加えてカバンを手に取ると、後ろから抱きしめられた。
「嫌だ……帰らないでくれ……っ」
「離してよ」
「やだ、嫌だ……っ僕が、今離したら……君は帰ってしまう……っ」
「そーだね」
背中がじんわりと濡れていく感覚にため息をひとつついてカバンから手を離す。そのまま、彼に抱きつかれたまま寝室まで歩いていく。
扉を開けて乱雑に放り投げられているノートPCを安全な場所まで避難させ、己に巻き付く腕を引き剥がす。
案の定、恋人の顔は涙でぐちゃぐちゃになっており、腕で雑に涙を拭っている。
ベッドに腰掛けて彼に向かって腕を広げる。
「シュウヤさん。ぎゅーしよ?ほら、ぎゅーっ」
少し戸惑いを見せてから胸に飛び込んできた恋人をしっかりと受け止める。赤子のように泣き止まぬ彼を抱きしめて背中をさすり、頭を撫でる。
「意地悪しちゃったね。ごめんね」
「僕も、悪かった。昼間の……続き、したい」
か細い声で告げられた言葉に口角が上がってしまう。
「俺に啼かされたいんだ?」
「……君に、意地悪されたい」
「俺は君って名前じゃないんだけど?」
暗にオネダリするよう仕向けると、恥ずかしそうに呻いてから耳許で囁いてきた。
「……ユウヤ、僕を……、て……」
「よく聞こえなかったなぁ。もう一度言って?」
「〜〜〜っ、僕を、抱いてって言ったんだ!」
「ふぅん?」
「なんなんだもう!お預けを食らったのは、君だけじゃないんだぞ!……僕だって君が、ユウヤが欲しいんだ……だから、早くっ、」
ああ、可愛い。もっとからかっていたい。でも、彼も俺も、もう既に限界だから。彼の唇を強引に奪った。互いの熱を貪るように酸欠寸前まで口付けを交わす。息継ぎのために口を離してやれば、銀糸が伸びて切れた。肩で息をする彼の表情は蕩けきっている。
「今日は、このまましよっか。きっと好きだと思うよ」
「へ……?あ……っ」
服の端から手を入れた。
8/4/2025, 11:40:51 AM