3. オアシス
「あっつ〜……もう溶けるぅ……」
連日の酷暑ですっかり参ってしまっていた僕は、やっとの思いで家に辿り着いた。時刻は22時を回るところ。これでもかなり急いで帰ってきたのだ。手に持ったケーキ箱を必要以上に揺らさぬように。今日は、2ヶ月ぶりに恋人が来る日だから。
「ただいま〜……」
鍵を回して玄関扉を開けると、明かりがつけられていた。下を見ると恋人の靴が転がっていて、ちゃんと合鍵を使って家の中に入ってくれたのだと分かる。
扉を閉めて鍵をかけ、靴を脱ぐ。自身の靴を綺麗に揃えたついでに恋人の靴にも手を伸ばし、自分の靴の隣に並べる。靴同士が寄り添っているように見えることに満足し、リビングへ向かう。
引き戸を開けてみれば、ひんやりとした空気が流れ出てきた。涼しい。まるで砂漠の中で見つけたオアシスのようだ。エアコンをつけて僕を待っていてくれたのだろう、恋人が部屋着姿でソファーに座ったまま寝ている。
とりあえずケーキを冷蔵庫の中にしまい、手を洗ったり着替えたりと身の回りの支度を整える。恋人にはこざっぱりした姿で触れたいから。
一通りを終え、恋人が寝ているソファーに近付く。すっかり寝入ってしまっているようで、なかなか起きそうにない。一応、声をかけてみる。
「△△、△ちゃ〜ん?」
ダメだ。全く起きない。こんなところでこんな格好で寝ていては体を痛めてしまう。仕方ない、寝室まで運ぶとしよう。恋人を運ぶ前に寝室までの動線を確保する。当たりそうなものは除けて扉を開ける。寝室の扉も開け、掛け布団を半分ほどめくる。寝室も良い感じに冷えている。彼がやってくれたのだな、と思うと口角が自然に上がってしまう。
必要な準備が完了したので、リビングへ戻り、すやすやと眠る彼を抱き上げる。彼の腕を首の後ろに回すと、ぎゅうっとしがみついてくれた。落としてしまう心配が減ったのと、寝ていても甘えてくれる恋人が愛しくて嬉しくなってしまう。
「ふふ、僕のこと好きなんだねえ。嬉しいなぁ」
ご機嫌で寝室へ向かう。ヘッドボードに頭をぶつけぬよう、ベッドへ慎重に下ろす。しがみついていた手もするりと解けた。掛け布団を掛けてやると、彼が目を覚ました。眠たそうに目を擦っている。
「ん……ぁ……○○、おかえりぃ……おへや、すずしかった……?」
「ただいま、△ちゃん。部屋、涼しかったよ。ありがとうね」
「ふ、へへ……良かったぁ……」
ふにゃりと笑う彼に愛おしさと情欲を感じてしまう。おかしい。何故こんなにも欲を掻き立てられているんだ。
気持ちを静めるため、部屋を出ようと彼に背を向けたところ、服の裾を引っ張られた。振り返ると、眠気を含んでとろんと蕩けた瞳が僕を見つめていた。
「どこ、行くの……」
「ちょっとね。△ちゃんは寝ときな〜」
我慢できず、彼に手が伸びた。髪を撫で、頬にも触れる。柔らかな感触が、欲望を一層膨れ上がらせる。これ以上はいけない。手酷く襲ってしまいそうだ。
「俺と、一緒にいてくれないの……?」
「……汗かいてるし、シャワー浴びてくるから待ってて」
「そんなの後でいいじゃん……ね、こっち来て」
裾を強く引っ張られ、バランスを崩しそうになる。顔がぶつかりそうになり、慌ててマットレスに手をつく。何とかぶつからずに済んだ。
「△ちゃん、そんなに引っ張ったら危ないって!」
「……〜っ、もう○○のわからず屋!俺、さっきからお誘いしてるの!シャワーとかどうでもいいから早く来てよ!!」
言葉を返す暇もなく彼が矢継ぎ早に畳み掛けてくる。
「てかシャワー浴びるって嘘でしょ?!石鹸の匂いしてるし!指図め俺が寝入ってるから、〝ソレ〟自分でどうにかしようって考えてたんでしょ!?ムラついてるの知ってんだかんね俺!!何とか言ったらどうなの?!」
「ああ……うん。概ね△△の言う通りだよ」
「やっぱり!!!」
彼が体を起こし、より一層、顔が近付く。吐息が触れ合う近さ。彼が僕の後頭部に手を回すと同時に唇を奪われた。息が続かなくなるまで口付けを交わす。
「……愛しい男の乱れた姿を見たいのは、○○だけじゃないんだからね……はは、もう我慢の限界、だよね。……来て」
彼に誘われるがまま、ベッドに上がって押し倒す。彼の頬に手を添わせると、手のひらにキスをされた。僕の様子を伺ってから手のひらに頬を擦り寄せて、口を開く。
「お手柔らかにね?My darling♡」
7/28/2025, 11:49:30 AM