もんぷ

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10/15/2025, 8:03:03 AM



 いつも通学する道にあるケーキ屋さん。毎月違う種類のケーキが出てて今は梨のタルトが期間限定らしい。平日は毎朝と毎夕通るけど、その割には一度も足を踏み入れたことがない。別に甘いものに興味がない訳じゃない。むしろ逆、甘いものには目がないしリュックの中にはチョコやらグミやら常にお菓子は常備してる。だけど入ることができない。せめて、カフェならコーヒーと一緒にケーキとか食べても普通なんだろうけど、明らかに内装やら客層やらが女性寄りというか。甘いものが好きってだけで単身でその空間に飛び込んでくのも難しいんだよな。いつもテラスやイートインスペースには同じ大学らしき綺麗な人たちがケーキを頬張っていて羨ましい。あぁ、いいな、俺も行きたい…食べたい…

 そんなことをポロッと一番仲の良い友達に話すと、「え、何をそんなに気にしてんの?別に行けば良いやん。」ときょとんとした顔で返された。そんな簡単に言うなよ、入学してからずっと踏み切れてないんだよ…と言うと仕方がないなと言う顔で「今から行こーや。どうせ課題やらへんやろ?」と宣った。確かに課題をやるようなモードに入らず、文字数の埋まらないレポートを前にして、急激に甘いもの欲が止まらなくなって言い出したんだけども。彼の迷いのない歩みはケーキ屋まで一直線で、清々しいほど簡単にその扉を開けた。昼休みが終わったけどまだケーキという時間帯でも無いから微妙に店内は空いていた。そのことにちょっとだけホッとした。
「なぁ、何にすんの?」
「…これ!梨のタルト。」
「ん。じゃあ梨のタルト一つと、モンブラン一つ。」
爽やかな午後、5限目までのゆったりとした空きコマをこんなにも優雅に過ごすとは思わなかった。自然と笑みを浮かべながらその梨のジューシーな甘みを味わい、栗のほのかな甘みも楽しんだ。これまで食べられなかった期間限定のケーキが悔やまれるけど、これから通うなら問題ない。太ることはほとんど確約されたけどもはやなんでもいい。週一の楽しみができたことに微笑みを隠せなかった。

10/13/2025, 10:57:31 AM

LaLaLa Goodbye

 ばいばい、なんて言いたくなくて、そうやって歌って別れるように、軽やかに別れを交わせば、寂しくないような気がしていたけど、やっぱり涙は出るらしい。泣いて掠れた声から心地良いリズムを何度も寝る前に鮮明に思い出しては鼻を赤くする。

10/13/2025, 7:57:18 AM

どこまでも

 巻きがとれたその少し硬い髪は、触れた時にまるで自分を拒むかのように刺さってくる。それ自体に痛みは無くとも、それが彼女の本当の気持ちを表す抵抗のように思えて、少しだけ胸が痛くなる。最初は何とも思っていなかったくせに、こんなにものめり込んでいるなんて考えられない。そもそも、人のものなんて興味が無かったのに。自分で言うのも何だけど、顔のおかげで小さい頃からそこそこにモテていた。人並みに遊んでもきたけど、根がヘタレてるからこそ、危ない橋は渡らずに平穏に、淡白に、過ごしてきたつもりだ。恋愛なんて自分を好きだと言ってくれる人をかわいがる娯楽。その程度の認識だった自分だからこそ、彼のためにと神経も身体もすり減らす彼女の気持ちを理解することはできなかった。アホやなぁ、そんなんしても何もええこと無いやん。あんなクズやめとき?そう正論を言ったとしても、決して涙を見せずに疲労を溜める彼女は決して聞き入れてはくれない。芯が強いのか、好きという見えないものに囚われているのか、どこにも行けずにただ流されているだけなのか。どうせ流されるなら、流されきってここまで来れば良いのに。少なくとも彼女のお金にしか興味がないあのギャンブラーよりはマシだと思うから。
 その伏し目は何を考えているのだろうか。分かるはずもないのに、分かりたくて。その所作一つ一つを目で追っては、こんなに必死になっていると知られたくなくて目を逸らす。気持ちに気づいた時にはもう遅くて、頭では警鐘を鳴らしていても本能は止まらず彼女を求める。酒に浮かされたフリをして、今日も最低な男を演じて彼女を腕の中に閉じ込める。いつもの流れに彼女は俯いたままそっと自分の腕に手を添える。良いも悪いも言わず黙ったままでも目が合ったら、次に進む合図。多少強引でもいいから、彼女が迷いに揺れているうちに。夜と共に溶けていくように、そっと愛おしいその子の髪を撫でる。酒を飲んでも、弱音を吐いても涙は見せないのに、二人だけのこの時間に彼女は必ず涙を流す。罪悪感だろうか。今だけは考えてほしくないその顔も知らない男の存在を消すように、必死にこっちを見てほしくて力を強める。なぁ、明日のことなんて、未来のことなんて考えずに。このままいつまでも、どこまでも一緒にいてや。切実な自分の思いは声に出さずにその塩味を全て飲み込む。
 徐に財布を開いて適当に掴んだ分のお札を押し付ける。今日も申し訳なさそうに首を振る彼女に強引に渡す。この関係もお金のためにと割り切ってくれたら楽やのに。使い道は聞かない。嘘をつけない彼女はきっとうろたえながらその名前を出すだろうから。彼女になら騙されてもいいのに。自分のためにと言ってくれれば喜んで全財産を差し出すのに。元が友人から始まってしまった自分たちは、ビジネスにもなりきれず、相手がいるから結ばれることもなく、それでもこの関係を手放したくなくて。自分は酒のせいにしてこの関係を続け、彼女には、お金のせいにできるように理由をあげる。そもそも付き合っているのかさえ不明だ、と悲しげに笑う彼女の傷を埋めるかのように、また傷つける。はぁ、早よあんな奴忘れてくれへんかな。あぁでもこんな酒を理由に手出してくるような軽い男選んでくれへんやろうな。どこへも行けない気持ちを、どこまでも続けて行きたくて、今日もその少し痛い髪を撫でる。

10/12/2025, 2:32:05 AM

未知の交差点

 やばい。普段こんなに追い込まれることなんて中々無いのだけれど。朝起き掛けにアラームを止めた時のこと、なんとなく気づいた違和感で寝ぼけていた脳が覚醒するのが分かった。どうやら昨日の夜、電源タップの方の携帯の充電のコードがしっかりささっていなかったらしく、充電がされていなかった。残量は昨日と同じぐらいの23%を指していた。昨日は疲れすぎていて、家に戻ってきてシャワーを浴びてアラームだけかけて倒れ込むように寝てしまった。さらには、少しでも睡眠時間を伸ばしたくて起きてすぐに家を出なきゃ間に合わないような時間にアラームをかけていたのでもう出なきゃ行けない時間。さぁ、どうする。初めて行く場所だからナビは必須だしマップアプリですり減らした充電は目的地までもつのか。片手で足りるぐらいのパーセンテージを指した頃、背に腹はかえられないと、ある人のトークルームを開いてメッセージを送りつけた。未知の交差点ですれ違う人の顔を眺めつつ、辺りを見回す。うん、やっぱり迷った。コンビニも全然無いしモバイルバッテリーも買えなそう。はぁ、と大きいため息は知らない街に溶けていく。
「おーい!!」
やたらと聞き慣れた声がして顔を上げると、頼ってくれて嬉しいと言わんばかりに、憎たらしいほど笑顔なあの人が手を振っていた。それでもなんだか知らない街で知ってる人に会えたと言うことにほっとして顔が緩んだ。

10/11/2025, 7:51:20 AM

一輪のコスモス

 コスモスを入荷したから、入ってきて一番目立つ場所に置いた。秋の桜と書くコスモスはこの時期本当に人気で、特にピンクのコスモスはよく売れる。買っていく人のうちで花言葉を知っている人は、どれだけの割合なのか気になるところだが。まぁ知らない方が良いことだってある。花を買っていく人に用途や渡す人について尋ねたりはするものの、おせっかいなことだってあるし。
 午前のお客さんが捌けて行った頃、ひょっこりと川崎さんが顔を出した。俺と同じぐらいの年齢の常連さん。特別花に詳しいとかマニアということでは無いらしいが、一年ほど前から週に一回は必ず顔を出すように頻繁に通い続けてくれている。
「川崎さん、いらっしゃいませ。」
花屋に来る人にしては派手な髪色といかつめのジャケットにシルバーアクセサリー。最初見た時は派手そうだし作った花束とかクレームつけてこないかなとか失礼なこと思っていたけど、最近になって自分もそういう系統が好きだということに気づいた。別に川崎さんの影響とかではないけど、と誰に聞かれるでもなく強がってみる。
 あ、持っているカバンも、ちょっと気になってたブランドのやつだ。うわー、話したい。それ良いですよね。よく行くんですか。てか、そこのショッピングモールに今度その店できますよね。楽しみですね。一緒に行きませんか。その一から百まで全て声を出すことはなく、今日もにっこりと笑って「ごゆっくり」と声をかけるだけ。仲良くなりたい、は自分の欲だ。ただの「よく行く花屋の店員と常連」の関係から踏み出したいのが自分だけだったらどうする。彼が来ないバイトは時間が経つのが遅いんだよ。あぁ。彼が求めているのは花であって自分でないことは分かっている。だから他と変わらないように、でもちょっとポイントカードに記載された名前を覚えて呼んでみたりして。いつもありがとうございます、なんて感謝をしても彼ははにかむだけ。距離が近すぎる接客は苦手なんだろうなと判断して、ちょうど良い距離感を探っていた頃、たまたま叔父である店長とシフトが被った時のこと。
「あ!川崎さん。いらっしゃいませ。あ、今日3限終わりの日か。あれ、サークル行かなかったの?」
「はい。今日無くなっちゃって。」
「あーそうなんだ。残念だね。」
そう言いながら楽しそうに微笑んでは軽い会話を楽しんでいた。はぁ?なんでそんな仲良さげなわけ?叔父さんは確かに社交的な方だし接客業向いてるのは知ってたけど、川崎さんは違うじゃん。そういうの苦手そうだったじゃん。なんでそんな気軽に会話してんの。楽しそうにしてんの。俺の方がもっと色んな話できるのに。その日はムッとして裏に事務作業しに入ってしまった。あの日以来会うのが今日が初めてでなんか気まずい。隅の方でこそこそと花を手入れしていたら、ふと川崎さんの声が響く。
「…あの。これ、前無かったですよね。」
ゴツゴツしたリングがついた指はしっかりと今日入荷されたコスモスをさしている。
「…はい。今日入荷されたんです。毎年この時期は人気で。今年もとても綺麗に咲いたんです。」
話しかけられたことが嬉しくてついたくさん話しすぎてしまった。あ、やばいかもと思ったけど彼は穏やかにそうなんですねと頷いていた。
「コスモス、誕生花なんで嬉しいです。一輪いただけますか。」
「はい、もちろん。」
これから、少しずつでいい。少しずつでいいから、そうやって新しいことが知れて、楽しく会話できたらそれでいい。焦らずに、機を狙おう。一輪のコスモスは美しく咲いていた。

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