一輪のコスモス
コスモスを入荷したから、入ってきて一番目立つ場所に置いた。秋の桜と書くコスモスはこの時期本当に人気で、特にピンクのコスモスはよく売れる。買っていく人のうちで花言葉を知っている人は、どれだけの割合なのか気になるところだが。まぁ知らない方が良いことだってある。花を買っていく人に用途や渡す人について尋ねたりはするものの、おせっかいなことだってあるし。
午前のお客さんが捌けて行った頃、ひょっこりと川崎さんが顔を出した。俺と同じぐらいの年齢の常連さん。特別花に詳しいとかマニアということでは無いらしいが、一年ほど前から週に一回は必ず顔を出すように頻繁に通い続けてくれている。
「川崎さん、いらっしゃいませ。」
花屋に来る人にしては派手な髪色といかつめのジャケットにシルバーアクセサリー。最初見た時は派手そうだし作った花束とかクレームつけてこないかなとか失礼なこと思っていたけど、最近になって自分もそういう系統が好きだということに気づいた。別に川崎さんの影響とかではないけど、と誰に聞かれるでもなく強がってみる。
あ、持っているカバンも、ちょっと気になってたブランドのやつだ。うわー、話したい。それ良いですよね。よく行くんですか。てか、そこのショッピングモールに今度その店できますよね。楽しみですね。一緒に行きませんか。その一から百まで全て声を出すことはなく、今日もにっこりと笑って「ごゆっくり」と声をかけるだけ。仲良くなりたい、は自分の欲だ。ただの「よく行く花屋の店員と常連」の関係から踏み出したいのが自分だけだったらどうする。彼が来ないバイトは時間が経つのが遅いんだよ。あぁ。彼が求めているのは花であって自分でないことは分かっている。だから他と変わらないように、でもちょっとポイントカードに記載された名前を覚えて呼んでみたりして。いつもありがとうございます、なんて感謝をしても彼ははにかむだけ。距離が近すぎる接客は苦手なんだろうなと判断して、ちょうど良い距離感を探っていた頃、たまたま叔父である店長とシフトが被った時のこと。
「あ!川崎さん。いらっしゃいませ。あ、今日3限終わりの日か。あれ、サークル行かなかったの?」
「はい。今日無くなっちゃって。」
「あーそうなんだ。残念だね。」
そう言いながら楽しそうに微笑んでは軽い会話を楽しんでいた。はぁ?なんでそんな仲良さげなわけ?叔父さんは確かに社交的な方だし接客業向いてるのは知ってたけど、川崎さんは違うじゃん。そういうの苦手そうだったじゃん。なんでそんな気軽に会話してんの。楽しそうにしてんの。俺の方がもっと色んな話できるのに。その日はムッとして裏に事務作業しに入ってしまった。あの日以来会うのが今日が初めてでなんか気まずい。隅の方でこそこそと花を手入れしていたら、ふと川崎さんの声が響く。
「…あの。これ、前無かったですよね。」
ゴツゴツしたリングがついた指はしっかりと今日入荷されたコスモスをさしている。
「…はい。今日入荷されたんです。毎年この時期は人気で。今年もとても綺麗に咲いたんです。」
話しかけられたことが嬉しくてついたくさん話しすぎてしまった。あ、やばいかもと思ったけど彼は穏やかにそうなんですねと頷いていた。
「コスモス、誕生花なんで嬉しいです。一輪いただけますか。」
「はい、もちろん。」
これから、少しずつでいい。少しずつでいいから、そうやって新しいことが知れて、楽しく会話できたらそれでいい。焦らずに、機を狙おう。一輪のコスモスは美しく咲いていた。
10/11/2025, 7:51:20 AM