どこまでも
巻きがとれたその少し硬い髪は、触れた時にまるで自分を拒むかのように刺さってくる。それ自体に痛みは無くとも、それが彼女の本当の気持ちを表す抵抗のように思えて、少しだけ胸が痛くなる。最初は何とも思っていなかったくせに、こんなにものめり込んでいるなんて考えられない。そもそも、人のものなんて興味が無かったのに。自分で言うのも何だけど、顔のおかげで小さい頃からそこそこにモテていた。人並みに遊んでもきたけど、根がヘタレてるからこそ、危ない橋は渡らずに平穏に、淡白に、過ごしてきたつもりだ。恋愛なんて自分を好きだと言ってくれる人をかわいがる娯楽。その程度の認識だった自分だからこそ、彼のためにと神経も身体もすり減らす彼女の気持ちを理解することはできなかった。アホやなぁ、そんなんしても何もええこと無いやん。あんなクズやめとき?そう正論を言ったとしても、決して涙を見せずに疲労を溜める彼女は決して聞き入れてはくれない。芯が強いのか、好きという見えないものに囚われているのか、どこにも行けずにただ流されているだけなのか。どうせ流されるなら、流されきってここまで来れば良いのに。少なくとも彼女のお金にしか興味がないあのギャンブラーよりはマシだと思うから。
その伏し目は何を考えているのだろうか。分かるはずもないのに、分かりたくて。その所作一つ一つを目で追っては、こんなに必死になっていると知られたくなくて目を逸らす。気持ちに気づいた時にはもう遅くて、頭では警鐘を鳴らしていても本能は止まらず彼女を求める。酒に浮かされたフリをして、今日も最低な男を演じて彼女を腕の中に閉じ込める。いつもの流れに彼女は俯いたままそっと自分の腕に手を添える。良いも悪いも言わず黙ったままでも目が合ったら、次に進む合図。多少強引でもいいから、彼女が迷いに揺れているうちに。夜と共に溶けていくように、そっと愛おしいその子の髪を撫でる。酒を飲んでも、弱音を吐いても涙は見せないのに、二人だけのこの時間に彼女は必ず涙を流す。罪悪感だろうか。今だけは考えてほしくないその顔も知らない男の存在を消すように、必死にこっちを見てほしくて力を強める。なぁ、明日のことなんて、未来のことなんて考えずに。このままいつまでも、どこまでも一緒にいてや。切実な自分の思いは声に出さずにその塩味を全て飲み込む。
徐に財布を開いて適当に掴んだ分のお札を押し付ける。今日も申し訳なさそうに首を振る彼女に強引に渡す。この関係もお金のためにと割り切ってくれたら楽やのに。使い道は聞かない。嘘をつけない彼女はきっとうろたえながらその名前を出すだろうから。彼女になら騙されてもいいのに。自分のためにと言ってくれれば喜んで全財産を差し出すのに。元が友人から始まってしまった自分たちは、ビジネスにもなりきれず、相手がいるから結ばれることもなく、それでもこの関係を手放したくなくて。自分は酒のせいにしてこの関係を続け、彼女には、お金のせいにできるように理由をあげる。そもそも付き合っているのかさえ不明だ、と悲しげに笑う彼女の傷を埋めるかのように、また傷つける。はぁ、早よあんな奴忘れてくれへんかな。あぁでもこんな酒を理由に手出してくるような軽い男選んでくれへんやろうな。どこへも行けない気持ちを、どこまでも続けて行きたくて、今日もその少し痛い髪を撫でる。
10/13/2025, 7:57:18 AM