もんぷ

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5/19/2025, 11:05:14 PM

どうしても…

 どうしても、あの読み込んだカタログから輝いて見える、ビビッドなピンクのランドセルを背負いたかった。物心ついた頃からピンクやふりふりしたかわいらしいものが好きだった私にとって、そのランドセルは唯一手が届く宝物だった。父子家庭で裕福ではなく、服も持ち物も基本は誰かのおさがり。特に団地の同じ棟の上の階に住む三つ上と五つ上の男子からお下がりの洋服をもらっていたので、幼少期はだいぶボーイッシュな服装をしていた。「うちの家は他の家とは違う」と子どもながらに理解していて、ほとんど会話のない父に反抗する意味もないと妙に達観した子だった。しかし、小学校入学を半年後に控えたある日、父がどこから仕入れてきたか分からない誰かのお下がりの真っ赤なランドセルを私に手渡した。あの日から赤は一番嫌いな色になった。まだ黒でないだけマシだ、と何度も自分に言い聞かせたが、ピンクのそれに丸つけていたカタログは名残惜しくて捨てられなかった。テレビでずっと見ていたアイドルのようにかわいいスカートを履いて鬱陶しいほどのピンクとふりふりを身に纏いたいと思いながら小学校を卒業。卒業式でも袴もふりふりした制服らしい服は着れず、近所の子からもらった着古した赤のTシャツと半ズボンの軽装で卒業証書を受け取った。

5/18/2025, 11:21:02 AM

まって

 まってあまってるいとがからまってしまってるからまってからまってるのとまってくれないのあいまってもっとからまってしまってるからまってまってからからまってるのとくからまっててねそうせまってもこういうときあなたはきまってまってくれないねかまってほしいのもたいがいにしなよわたしがこまってしまうから

待って。余ってる糸が絡まってしまってるから待って。絡まってるのと待ってくれないのあいまってもっと絡まってしまってるから待って。待ってから絡まってるの解くから待っててね。そう迫ってもこういう時あなたは決まって待ってくれないね。構ってほしいのも大概にしなよ。私が困ってしまうから。

5/17/2025, 2:25:24 PM

まだ知らない世界

 駅の西口から出てすぐのところには遊具もあまりない公園と小さなスーパーぐらいしかなく、大きいコンビニや商業施設が近い東口よりも人通りが本当に少ない。家が西口側にある自分にとってはありがたく、電灯がポツポツと灯る帰り道を一人歩いていた。しんとした夜の空気を味わいながら歩いていると、暗闇で目立つ自動販売機の前で学ランを着た少年が佇んでいた。暗い中自動販売機の灯りを頼りに携帯を取り出して前髪を気にするようなそのいじらしさが残業で疲れた体に沁みた。塾帰りの彼女でも待っているのだろうか、付き合いたてなのかな、なんて妄想が膨らむ。遠目にそれを見ながら歩いていた時、自分の後ろから走ってきたサラリーマンがその子に声をかけて共に歩き出した。お、お父さん…?!自分が予想していたかわいらしい中学生女子は現れず、全く違った人が現れたのを見て、自分の想像力の無さをつきつけられた。思春期男子が夜中にお父さんと約束して帰るなんてことはありえるのだろうか、お父さんと会うだけなのに前髪って整えるのだろうか、その子がただナルシストっぽい感じだっただけなのか…?まだ知らない世界が広がっていることを実感した。

5/16/2025, 2:18:36 PM

手放す勇気

 生きるために、ある程度のことは犠牲にしてきた。世間一般のキラキラした青春や人並みの学校生活なんて微塵も味わうことができないまま卒業して夜を生きる生活を始めた。生きるために、お金を得るために、身一つでここまで駆け抜けてきた。手放す勇気は誰よりもあると自負していた。それなのに、このざまはどういうことか。ただ生活を共にするようになった人にこんなにも縋り、夜から抜け出した新しい仕事にこんなにも楽しさを感じている。もうこの生活は手放すことができない。どんなお金に換えてもだ。

5/15/2025, 10:16:59 AM

光輝け、暗闇で

 「一筋の、光輝け、暗闇で、間違う人が、増えないように」
クラスで誰とつるんでいるところも見たことのない物静かなあの子が書いた短歌が入選した。中学校にもなってなにかの啓発の短歌を書く授業なんて面白みがないと「いじめダメ」みたいな適当な31音を殴り書きして提出したあの日。部活に行こうと教室を飛び出そうとしたその時、通路側の一番後ろに座るその子が誰よりも遅く丁寧に文字を連ねていたのを見た。一瞬しか見えなかった、いつも長袖を好むその子の腕の跡は、腹減ったで埋まっていた自分の思考を停止させるくらいには衝撃的だった。特に何か言葉をかけるでもなく友人に背中を押されて部活に向かった日から3ヶ月ほど経っただろうか。その子は学校に来なくなった。心配する人も不審に思う人も誰もいなかった。自分も、楽しい日常の中でぬくぬくと暮らし、その子が間違っていないといいなと思考の端で考えるだけ。ああ、なんて無責任なんだろうと思った。どうしたらいいかはわからなかったが、最終的には馬鹿らしい一つのアイデアが浮かんだ。こんなに光に溢れた自分の生活から光を分けてあげたい。自分が光にならせてほしい。
 そこから、彼女の親友として結婚式で手紙を読むまで15年もかかった。結局自分が光になれたかはまだ聞けていない。

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