『不条理』
真っ赤な夕暮れ時、日課の散歩に出たところ、おばあさんが、土手沿い傾斜面の草っ原に頭を下にして、真っ直ぐの姿勢で倒れている...近くまで寄ってみるが、声がしない。最悪の事態も考えながら、恐る恐る声をかけてみる。
「あの〜、、、大丈夫ですか?」
おばあさんは、ハッと顔だけこちらを見返してくる。どうやら、息はあるようで安堵する。よく見ると、右手にはスイセンの花を握りしめている。
「どうされましたか?」
「見りゃ、わかるだろ、倒れてんのよ!!」
「はぁ、、、」
場が沈黙する。
「あの、助けましょうか?」
「そりゃそうだろ、あんた、このまま立ち去ったら、近所中に何言われたか分かったもんじゃないよ」
「はあ、、、」
「えっと、じゃぁ、どうしましょう。とりあえず、腕を引っ張りましょうか?」
「バカかい、あんた。わたしゃぁ、肩が痛いんだよ、痛みが酷くなったら、どう責任とるんだい!」
「はぁ、、、では、誰か呼んできましょうか?」
「バカッ!そんなことしてみな、わたしが近所中の笑い者だよ、考えたら分かるだろ」
「はぁ、、、では、どうしたら、、、」
「足りない頭でしっかり考えなっ!さあ、どうするんだい!」
さすがに、こちらも苛々してきた。そもそも、救助することを申し出て、なぜここまで言われなきゃいけないのか、この人はいったい何様のつもりか。
「おい、あんた、あれ、タバコは持ってるかい?」
「いえ、僕は吸いませんから」
「へっ、使えないね」
もう放って帰ろうかな、、、
「わたしの旦那はね、両足に人工関節が入ってて、ここに来てもどうもできやしない、その旦那が、わたしの帰りが遅くて心配になって、探し回ったら、どうする気だい!」
「・・・」
空は陽が傾き、あたりは薄闇に沈み始めている。
静かにおばあさんの頭側に周り、背中に両手を差し込み、起こしにかかる。傾斜面だから、グッと力を込めながら、ゆっくりーー
「なんだい、なんだい、急に、うわ、ぎゃっ、痛い痛い痛いっ」
もう一気に起こしてしまおう。これ以上、このばあさんには付き合ってられないーー
「なんだい、やるじゃないか。最初からそうしてくれりゃあ、よかったんだよ」
おばあさんは、手を高く挙げ、ハイタッチをしようと手を振り抜いてくるーー
おいっ、肩の痛みは、どうなった?
『泣かないよ』
コイツから、しっぺとデコピンを受けまくってる。
マジでもうやめてほしい。勝負だから、泣き言言えねーけど、コイツ、絶対ゆるさんーー
暇つぶしに、俺たちが決めたルールはこう!
「ジャンケン先勝で、しっぺかデコピンを選んで、相手に弾くことができる」だ。
先勝は相手だった。「グー」を出す人間が多いという心理をうまく突いてきやがった・・・デコピンが、俺の突起のある形良いおでこを抉る。
次は「パー」だ。やはり二番目に多く出されるという統計を理解してやがる。ヤバいっ、すでにもう泣きそうだ、、、連続であればダメージの効果があるデコピンを弾く‼︎
次こそはと、「グー」を出すが、裏読みを読んでやがる、コイツはクレイジーだ。完璧だ。「パー」出しやがった。そしてーーやはりデコピンだ!!3回目であるため、やり方が板についてきてやがる!痛すぎるっ。
次こそは「チョキ」だ、、、「なっ!?グーだと?」
ここにきて、しっぺを選びやがった。もう限界だと思っていた、おでこではなく、今度は手首が新たな衝撃を受け、熱を帯びる。コイツ、次は手首を壊す気かっ、、、
えっ、デコピンに戻るのか!?トリッキー過ぎる。
泣かない、泣かない、泣いてたまるかーー
ごめん、もう無理、、、泣く。
もう、やめようや、こんな無駄な争いは、、、
『怖がり』
進学のために、この街にやってきたA太はとても怖がりだ。
後ろから声かけると、「うわっ」と叫ぶ。
授業中、スマホの振動に、「うわっ」
アパートに遊びに行き、インタホン鳴らすと中から、「うわっ」と叫び声が聞こえる。
「A太は、本当に怖がりだな。ていうか、ビビり」
「まあ、うん、苦手なんよね。小学校のとき、林間学習の肝試しで、マジで気を失ったことがあるんよね」
A太は何かと理由をつけ、俺をアパートに呼びたがる。
一人で過ごすのが怖いそうだ。
「なんか、一人だと誰かに見られてたり、変な声が聞こえる気がするんよ。一人暮らしなんかするんじゃなかった」
「・・・・・・」
じゃあ、あの部屋の隅で体操座りをして、不自然な角度に首を曲げ、目の落ち窪んだ痩せた男はーー
A太には見えていないんだな。
『星が溢れる』
夜空は淡くも、力強く光を放っている。一つずつの星はこんなに輝きを放っているものなのか。
今日は仕事でミスを連発して、たくさんの人に迷惑かけてしまった。日暮れごろ、全ての対応が落ち着くと、改めて部長に注意を受け、同期に見下すような目で見られ、後輩には気をつかわせた。誰にも言い訳はしなかったが、必死に対応する最中、「おればっかり」が頭の中で繰り返された。
報告書の作成が終わると、20時を過ぎており、オフィスは静まり返っていた。戸締りを済ませ、警備室に鍵を返す。
宵の口。今晩は星が輝く綺麗な夜空だ。誰の上にもある平等な景色。これだけのことで、重たく覆い被さっていた何かが、少し軽くなった気がした。歩き始めて間も無く、「お〜い」聞き馴染みのある声に、振り返る。ネクタイを緩め、コンビニ袋を持った手を振りながら、親友が小走りで近づいてくる。
「おつかれ〜帰り遅いじゃん」
「お疲れさん、そっちもな」
街灯と優しい星の光を浴び、二人並んで歩きながら話す。こいつなら少しぐらい愚痴ってもいいか、、、
「俺、今日ミスして、めちゃくちゃ怒られたよ」
「えっ、俺も俺も。ありえないことしっちゃって、明日のこと考えると地獄」
朗らかでいつも笑顔の親友は、俺の話を深掘りしてこない。丁度よくて心地よい感覚になる。
「あっ、おまえが好きそうなマンガ見つけてさ、めちゃくちゃ面白いんよ。遅いけど、今からうち来る?」
「おっ、いいね」
失敗続きの帰り道、星も笑顔も溢れた。
『安らかな瞳』
「死ぬって、中身が居なくなるだけなんだね」
次男が言う。長男は泣きじゃくっている。
ポチが家に来たのは11年前の一月。正月セールで、20,005円。念願のダックスフンドを迎い入れたいうちとしては、絶好の機会だった。それからは忙しくなり、ゲージ、給水ボトル、トイレトレーなど買い揃え、環境を整えていく。ワクワクが止まらない。
家に来て一週間は全く吠えたり鳴いたりすることがなく心配したが、何がきっかけだったのか、一度吠えた時に家族皆で手を叩き喜んで以来、「ワンッ、ワンッ、アゥ〜」尻尾を振りながら、いつも得意げに吠えるようになった。でも、差し出された手はだれのものでもペロペロと嬉しそうに舐め、番犬失格ではあるが人懐っこい性格だった。
甘えん坊で、散歩中に出会う自分より何倍も大きなハスキー犬が大好きで、学校から帰ってきた子供たちが脱いだ靴下をゲージに咥えていき尻尾をフリフリ戯れて遊ぶ。その無邪気な姿が、家族を明るい気持ちにさせた。
長く長く一緒に居て、大事な家族の一員だった。
長男はよく、ポチに話しかけた。初めて九九を間違えずに言い切れた日、自信のあった徒競走が二着で悔しい思いをした日。手を舐めて、慰め、元気を与えた。
一年が経ち、三年が経ち、五年、六年、七年……十年が過ぎた頃、ポチは散歩に行くと息を切らすようになった。それでも、相変わらず家族を明るく照らし続けてくれている。
八月。妻と長男がポチと散歩に出かけて間も無く、長男が息を切らし、乱暴に玄関の戸を開けた。
「ポチがっーー」
市内の獣医に電話をかけていく。
「本日の営業時間は終了しています……」三件目も留守電に切り替わる。今日は祝日、、、スマートフォンを取り出し、救急対応できる動物病院を探す。
「はい、」やっと繋がったーー急いで事情を伝える。
「そちらの街から当院に到着するのは一時間はかかります。おそらく間に合わないと思います。」
ポチを見る。もう息は……妻、長男と順番に目を合わせてから、
「もう、このまま眠らせてあげよう、、、」弱々しく伝える。
賑やかなポチは動きを止めた。
色は失われているのに、優しいままのポチの瞳。
ゆっくり、手の平で閉じてあげる。
抱きしめて、離そうとしない長男。
葬儀でのお別れの時間。好きなおもちゃ、おやつと花に囲まれるポチ。ただ、眠っているだけで、「ワン、ワン、アゥ〜」今にも飛び起きてきそうだ。耳にはポチの鳴き声がまだ響いている。
ありがとう、ポチ。寂しいよ、ポチ。君はひとりで大丈夫かい?あぁ、抱きしめてやりたい。