こひる

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『安らかな瞳』

「死ぬって、中身が居なくなるだけなんだね」
次男が言う。長男は泣きじゃくっている。

ポチが家に来たのは11年前の一月。正月セールで、20,005円。念願のダックスフンドを迎い入れたいうちとしては、絶好の機会だった。それからは忙しくなり、ゲージ、給水ボトル、トイレトレーなど買い揃え、環境を整えていく。ワクワクが止まらない。

家に来て一週間は全く吠えたり鳴いたりすることがなく心配したが、何がきっかけだったのか、一度吠えた時に家族皆で手を叩き喜んで以来、「ワンッ、ワンッ、アゥ〜」尻尾を振りながら、いつも得意げに吠えるようになった。でも、差し出された手はだれのものでもペロペロと嬉しそうに舐め、番犬失格ではあるが人懐っこい性格だった。

甘えん坊で、散歩中に出会う自分より何倍も大きなハスキー犬が大好きで、学校から帰ってきた子供たちが脱いだ靴下をゲージに咥えていき尻尾をフリフリ戯れて遊ぶ。その無邪気な姿が、家族を明るい気持ちにさせた。

長く長く一緒に居て、大事な家族の一員だった。
長男はよく、ポチに話しかけた。初めて九九を間違えずに言い切れた日、自信のあった徒競走が二着で悔しい思いをした日。手を舐めて、慰め、元気を与えた。

一年が経ち、三年が経ち、五年、六年、七年……十年が過ぎた頃、ポチは散歩に行くと息を切らすようになった。それでも、相変わらず家族を明るく照らし続けてくれている。

八月。妻と長男がポチと散歩に出かけて間も無く、長男が息を切らし、乱暴に玄関の戸を開けた。
「ポチがっーー」

市内の獣医に電話をかけていく。
「本日の営業時間は終了しています……」三件目も留守電に切り替わる。今日は祝日、、、スマートフォンを取り出し、救急対応できる動物病院を探す。
「はい、」やっと繋がったーー急いで事情を伝える。
「そちらの街から当院に到着するのは一時間はかかります。おそらく間に合わないと思います。」
ポチを見る。もう息は……妻、長男と順番に目を合わせてから、
「もう、このまま眠らせてあげよう、、、」弱々しく伝える。

賑やかなポチは動きを止めた。
色は失われているのに、優しいままのポチの瞳。
ゆっくり、手の平で閉じてあげる。

抱きしめて、離そうとしない長男。

葬儀でのお別れの時間。好きなおもちゃ、おやつと花に囲まれるポチ。ただ、眠っているだけで、「ワン、ワン、アゥ〜」今にも飛び起きてきそうだ。耳にはポチの鳴き声がまだ響いている。

ありがとう、ポチ。寂しいよ、ポチ。君はひとりで大丈夫かい?あぁ、抱きしめてやりたい。

3/14/2026, 1:04:05 PM