煌びやかなビル群の灯りを見ている。
身体を削り尽くし、心の奥まで削った私は、二度と夜景の中に戻れなくなってしまった。
クラスの誰より数IIの点数が良かったはずなのに。
学年の中で1番早く現代文のプリントが解けたのに。
ぴかぴかの原石だった私は、磨かれないまま飾られて、いつの間にやら砕けていた。
おかしい!こんなはずじゃない!
叩きつけるような言葉は、140文字の制限に引っかかって、どこにも流れていかなかった。
眺めているだけで、生きているだけでいいなんて、私は、とても思えない。
あの夜の、光のひとつになりたかった。
今でも、夜景が苦手だ。
向かい合わせの席で勉強していた、ある友人の姿を思い出す。
高校時代のことだ。何の間違いか、うっかり進学校に受かってしまった私は、凡人なりに懸命な勉学を積んでいた。
しかし、努力してみようとも変えきれないものは沢山あった。毎日の課題は山のようだったし、先生は厳しくて好きになれなかったし、同級生もあまり趣味が合わなくて馴染めなかった。
順風満帆とは呼べない高校生活。
彼女と出会ったのは、その最中だった。
私も彼女も、今でこそ互いに認める親友だが、当時は少し違った関係だった。
凡夫だが、要らぬところで完璧主義で、出来ない自分を許せない私。天才だが、価値観があまりにも世間離れしていて、「その他大勢」に混ざりきれなかった彼女。私たちは教室の爪弾きものであり、追い立てられた教室の隅で、悲しいくらいに気が合う2人だった。
初めの方は、お互いの距離を読みながら交流していた。しかし、1年も経てば双方ぼろが出た。本性を表した私たちは、お互いの理解できない感性を擦り合わせきれなくなっていった。毎日のように口喧嘩になり、その度に私は言い負かされ、泣きながら帰路に着いた。
喧嘩になるのは、いつも自習室の中だった。私は文系で彼女は理系。勉強する分野が違ったから、教え合うなんてことは無かった。ただただ、互いの勉強している姿が、ペンを回す仕草が、間食をつまむ姿が、何もかもが目について仕方なかった。
それなのに、毎日、お互い同じテーブルについて自習をした。精神を削り合いながら、些細すぎることで睨み合いながら、それでもペンは止めなかった。
それは無理解ではなかった。私も、彼女も、互いに甘えていたのだ。唯一の友人なら、好感も嫌悪も等しく解ってくれると、信頼に似た依存を振りかざしていたから起きた毎日だった。
だからこそ、私たちは離れなかった。そんな日々は次第に私たちを熟成し、いつの間にかかけがえの無い親友となった。
今も、彼女のことを理解しきれない時がある。
向こうだってそうだろう。
その度に、あの自習室で、向かい合った彼女の姿を思い出すのだ。
「なんだ、私たち、昔から変わらないじゃないか」と。
私の夏に、麦わら帽子の姿はなかった。
太陽の付け入る隙もなかった。
アイデアで埋め尽くされたルーズリーフの片端。
髪と手先に染み付いたアクリル絵具のにおい。
クーラーから流れるひんやりした風。
描きかけのキャンバスから投げかけられた視線。
そういうものたちで、私の夏はできていた。
沈殿した思い出を美しいものにしてしまう、あの日々。
私はあの美術室に、夏を忘れてきたのだ。
太陽が苦手だ。
そもそも私は外出が嫌いだ。人生の大半を「断固・インドア派」として過ごし、白い肌をますます美白にしてきた。運良く平成日本生まれであったから幸いだったが、世が世なら吸血鬼呼ばわりされていたかもしれない。
令和の夏はあんまりな酷暑だ。外にいてはうっかり倒れてしまうかもしれない。そう言い訳しながら、今日も涼しい自室の中でこの文章を書いている。
しかし思い返せば、ほんの僅かな間だがアウトドア派だった時期があった。小学生の、それも低学年だった頃だ。
毎日毎日、飽きもせずグラウンドに出てはドッジボールに励んでいた。サッカーの時もあった。日焼けなど気にせず、男子に混ざって一切遜色なく遊べていた、あの頃の私が少し羨ましい。今同じことをすれば、決して1試合持たないだろう。
小さな私は、太陽がまだ味方だった。さんさんと照る日差しは、グラウンドの砂を思い切り蹴って遊べるという、嬉しいしるしであった。
今は目の敵になってしまった太陽を一瞥してやろうとした。とっくの昔に日没していた。どうやら、向こうも私が嫌いらしい。
暖かな暗闇に包まれつつある街が、何故だか一段と優しく見える日だった。
幸いなことに、これまでの人生では、あまり病室のお世話にならなかった。
ただ、1度だけ検査入院を経験したことがある。
いわゆる指定難病というやつの疑いが掛かり、5日程度、毎朝毎晩採血を受けなければいけなかった。
ところで私は、血管が異様に出づらい体質だ。
看護師泣かせの細っこい血管が、さらにタチの悪いことに、分厚い脂肪に守られて、すっかり見えない。この時の入院でも、当然それは変わらなかった。
運の悪い新人の看護師さんが、心底申し訳なさそうに何度も血管を探していたのを覚えている。刺してはうまく取れず、また刺し直しては取れずと繰り返す。救援に呼ばれた、ベテランの風格をした看護師さんも、1度間違えてからさらなる救援を呼んだ。
最終的に、私の血管に正確に針を刺せたのは、3人目の看護師さんだけであった。
ちょっとばかり誤解を招きそうな見た目になった腕を眺め、看護師とはかくも有難い仕事だと思った。
私の難攻不落の血管に挑んでくれた彼女たち。差し入れなんていうのは、このご時世じゃ中々できない。
せめてもの感謝の気持ちは、この立派に育った脂肪を減らすことでその代わりとしたい。