Werewolf

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4/5/2023, 3:04:24 PM

【星空の下で】

 防波堤の近くの海風に晒された木造家屋の外で、ずっと向こうに見える水平線から、山の方まで散りばめられた小さな輝きの海を見た。東北の空気は澄んでいて、東京のように日頃から薄暗い空ではないのだと、波の音と一緒に囁く星の声が気さえする。
 その日は特別よく見えたわけでもなく、その日に何かあったわけでもない。その近辺の土着信仰や土地神にまつわる話を調べて、たまたま民泊の場所が村の端だった。
 民泊の目の前は真っすぐで信号もないような道路があり、その向こうにテトラポットの敷き詰められた防波堤と、少し離れた場所に灯台の光が見える。反対側を見れば、民泊の裏手はそこの女将さんが手入れをしているという広大な畑で、トウモロコシの青々した葉で膨らみかけの種子や、トマトのまだ未熟で硬そうな青い実があちらこちらに見えた。その奥へ目をやれば、山の麓の林があり、そのまま林の奥は山へと続いて、遠くに見えるものほどではないにせよ、軽い気持ちでは登れない高さの山が、どんと大きく構えていた。
「凄いな……」
 思わず呟く。ざざん、ざざんと潮騒がして、風が止まると磯の香りが届く。しかし山側から涼しい風が吹いてくると、草いきれが鼻をかすめる。土の匂いも砂の匂いもして、ここが本当に日頃己が生きている街とは違うのだと納得があった。
「あーれぇ、東京がら来だ学者さんですたが。何すちゅんだが?」
 からりと引き戸が開くなり、釣りの格好をした宿の主が空を見上げる私に話しかけてきた。
「星を見てました、東京じゃこんなに見えませんから」
「んだんずな? まぁー星くれぇこごじゃ毎日こったもんだよ」
 一緒になって見上げるが、普段から見ている人には感動が薄いようだった。
「旦那さんはどちらへ?」
「わっきゃ釣りだ。夜釣りでソイやアイナメ釣れるごどがあるす、何より楽すいはんで。釣れだっきゃ、明日の朝ご飯さ出すますじゃ」
 それだけ言って一礼すると、主は道路を越えて海へ足を運ぶ。星の中を歩くように堤防の向こうへ姿が消えたのを見送ってから、私はこの光景をスマホのカメラに収めるべきか、少しの間思案するのだった。

4/5/2023, 2:58:02 AM

【それでいい】

「はい、深く呼吸して」
 時乃は静かに深く鼻から吸い込み、長く口から吐いた。空気の通る時間が長く感じて、吐き出した途端に少し咳き込む。
「んー、もう一回」
 背後から時乃を抱き込む男の声が、僅かに笑ったような気配を含んだものになった。もう一度吸い込んで吐き出す。今度は咳き込まずに済んだ。もう一度、と呟く声に呼吸を繰り返す。酸素を取り込むたびに重かった体に澄んだものが満たされる感覚。ぼんやりした頭がハッキリとしてくる。
 確か、市街戦が突然始まって巻き込まれたのではなかったか。生体兵器で争うようになってから、人間体に擬態した兵器を送り込む手法が見られるようになった。今まで防衛エリアの市街地では起こっていなかったが、そうか、もうだめなのか、と時乃はようやく像を結んだ視点で周囲を見回した。背後の男の姿は見えない。腰と腹を支えるように抱き込む腕はコンバットスーツとプロテクターに覆われている。
「口を開けて、声を出すんだ」
 頷いたときに僅かに頭が重く感じた。ひらひらしたものが感じられて、いよいよ不味いか、と覚悟を決める。皮膚が剥がれたかもしれない。
 ざーっと、ノイズのような声が漏れた。痛みがある感じはないが、声帯が焼けたのかと思う。しかし男の声はもう一度、と促してきた。
 ざー、ざー、と繰り返していくうちに、微かに、あー、という音になってきた。
「それでいい、もう少し」
「……あー」
 ようやく、音らしいものが出た。すると背後の男は腕を解き、時乃の前に歩みだす。
 時乃はコンバットスーツから彼が何者なのか把握していた。何しろかのスーツは時乃か自軍の生体兵器部隊に支給したものだからだ。
 ライオンの頭をした男は、敬礼して笑みを浮かべる。
「祖江村時乃科学国防大臣、大変失礼いたしました。緊急事態のため、部下に動画を残させた上で、御身に生体兵器化薬剤を投与し、命を守らせていただきました」
 おやおや、と時乃は肩を竦めた。科学国防大臣といえば、人間を獣に堕とした嫌われ者だ。生体兵器部隊も反感を持つものが多いと聞いている。
「見捨てればよかったものを」
「はっは、何をおっしゃいます、あなたの尽力で、どれだけ国土を取り戻せたことか。少なくとも獅子隊はあなたを尊敬しておりますよ」
 自虐的な吐き出しに、ライオンは堪えきれないとばかりに笑った。
「では、庁舎へご案内しても?」
「ああ、それでいい」
 歩き出そうとして、関節の形が変わっていることに気付く。手には肉球もあり、何かしらの肉食動物になったことは分かった。
 ライオン頭に急かされるまま、庁舎を目指す。見れば既に的兵器は制圧されて、火災も概ね鎮火済みだった。

4/4/2023, 3:35:20 AM

【一つだけ】

 昔々あるところに、森の深い場所のさらに奥、山の麓の洞窟の前に、小さな小屋がありました。
 その小屋には魔女が住んでいて、魔女の試練を乗り越えたら、洞窟の宝を守るドラゴンを眠らせ、そこにある宝をどれでも一つだけ手に入れることができました。
 多くの者は魔女の試練を乗り越えることができずにいましたが、中には遠くを見通せる透明な石や、被せるだけで傷の治る布、美しい銀色の羊など、富を得る宝を手にしたものもおりました。

 こんこんこん
 青年は優しく三回、小屋の扉をノックしました。
「誰だい」
 と、嗄れた声が答えます。
「突然申し訳ございません。こちらに我が国の王子は来ておりませんか」
 青年はある国の騎士でした。騎士は凛々しい顔を曇らせていました。
「王子なんて山ほど来てるんだよ」
 そう言いながら扉を開いたのは、しわくちゃの魔女でした。
「知ったことじゃないね」
「リンゴの国の王子をご存知ありませんか? 我が国の井戸という井戸が枯れてしまったのに、元に戻ったのです。きっと王子は成し遂げたに違いありません。それに、あちこちの森が豊かになりました。魔女様、どうか私に王子の行方を教えてください」
 騎士は取りすがるように魔女の手を取りました。魔女は手を払って、ふん、と鼻で笑いました。
「リンゴの国の王子なら、宝物庫に宝を放って帰ったよ。そうだ、アンタが王子の選んだ宝を当てられたら、王子を探す宝を手に入れられるかもしれないね」
 騎士はすぐに承諾しました。洞窟に入ると、ドラゴンが静かに寝息を立てていた。騎士は静かにその横を通り抜け、宝の山を見上げた。目もくらむような魔法の宝だが、どこを見てもピンとこない。
「これは?」
「頼めば肉を出してくれる皿さ」
「これは?」
「これをつけて触れれば即座にものが乾く手袋さ」
「これは?」
「どこにでも風が吹く箱さ」
 うーん、と騎士は首をひねりました。どれもこれも、願いを2つ同時に叶えるようなものではなかったのです。
「魔女様、申し訳ございません。この中に王子の選んだ宝はありません。きっと、なにか別の方法を選んだのでしょう」
 騎士はあたりを見回してそう言いました。すると、魔女はにんまりと笑みを浮かべました。
「アンタは試練に打ち勝った」
「えっ?」
「宝に目が眩んで、コレでいい、と持ち帰るようならそれまでと思ったのさ」
 ねぇ、と魔女が話しかけると、ドラゴンはゆっくりと瞼を持ち上げる。
「ああ、よく探しに来てくれたね、我が騎士よ」
 ドラゴンは王子の声で喋りました。
「私は魔女と取引をしたんだ。欲しい物が三つある、賭けをしないか、とね」
「アタシは一つ目の宝、川を蘇らせる宝珠は報酬として与えた。そしてら二つ目の宝、森を豊かにする風を吹かせる腕輪は、王子がドラゴンになることで承諾した。三つ目の宝は、王子を探しに来た人間が、正しい選択をして、宝を手にせずに帰るのであれば、渡そうと言った」
 魔女がニッコリと微笑んだ途端、その姿が若く美しい女のものに変わりました。
「三つ目に希望する宝は、私だそうだ。さぁ、王子、国に帰る時だよ」
 たちまちドラゴンは騎士の敬愛する王子のものになり、三人は互いに抱き合った。

 こうして、国を救った王子は、騎士と魔女を連れて国に帰り、その国は末永く栄えましたとさ。



♡250オーバーありがとうございました、大変嬉しいです

4/3/2023, 3:33:04 AM

【大切なもの】

「ねぇ、シロ、それおいてきなよ」
 そう声をかけても、愛犬はそっぽを向いて、半開きの口から不明瞭な「おうぉおうぉ〜」などという鳴き声を漏らすばかりだ。
 月曜の散歩の折に拾ったぬいぐるみ。テディベア。田んぼの中に落ちていたらしく、拾ってきたときにはシロごと泥まみれずぶ濡れだった。何を気に入ったのかわからないが、シロはそれを意気揚々として持ち帰り、自分の小屋に運び込んだ。
 寝ている間にこっそり洗ってみたが、珍しく不機嫌そうにもせず、ふわふわになったそれが乾いた頃、また口に咥えて小屋に運び込んだ。不思議なことに、いつもなら手の届きにくい小屋の奥まで運んでしまうおもちゃやおやつと一緒にせず、小屋の手前の方において、時々毛づくろいするようにベロベロやっている。もう三日もそんな感じなので、そろそろぬいぐるみを手放さないかと促している。散歩の邪魔だろうし、食事の時も傍らに置き続けている。何がそんなに気に入ったのだか。
 不意に、ポケットのスマホがなる。見れば姉からだった。通話ボタンを押して出る。
「もしもし?」
「あ、トシ? 悪いんだけど、土曜日マナ預けていいかしら。なんかどうしてもおばあちゃんち行くって聞かなくて」
「えっ、姉貴は?」
「その日イベントなのよ。託児所あるんだけど、嫌だって。ハルくんが連れてくから、お願い!」
「分かった、待ってる」
 ファッションデザイナーとして田舎を飛び出していった姉は、あちこち引っ張りだこだ。でも在宅で仕事して、なるべく愛加ちゃんとの時間は取ってる。旦那の春吉さんもたくさん構ってるので、普段の愛加ちゃんはそうわがままを言う方ではない。不思議に思いながら、来客用の布団を出した。

「あー! シロ、それ私のブラちゃん!」
 車を飛び出した少女が、シロに飛びついていく。シロは誇らしげに毛づくろい済みのぬいぐるみを渡す。
 なるほど、どうやら我が愛犬は、いとこの大切なものを守っていたようだった。




♡200ありがとうございます。
励みになります。

4/2/2023, 2:44:09 AM

【エイプリルフール】

 毎年毎年よく飽きないな、と思いながら相互フォローの友人のツイッターを眺める。○○と結婚しますとか、○○のファン辞めますとか、そんなのが羅列されていく。
 私はといえば、いつも通りおはよー仕事嫌だーシュッシャッターと呟くばかりだ。彼らが何を楽しみにしているかなど知ったことではないのだから。
「あれ?」
 と、私はとある一人のツイートに目を止めた。
「実は異世界転生ガチ勢です! この世界って、特に日本って盗賊も出ないし物価安定してるし、まぁ貧困はあるけど、でも救済はあるし最高!」
 確か、彼女は普段ファッション系のツイートばかり、特にネイルの技術が半端なく良いからフォローしたのだ。凝った意匠を素早く仕上げるということで、お店もアピールしてたし、彼女の予約は長いと半年先まで埋まっているのだとか。コラボの付け爪も転売対策に受注生産、つまりそれだけ売れる算段がついているということ。
 ヲタクっぽいツイートをしない人が、急にヲタツイをしてると気になる。なんとなくメディア欄を遡っても、どれもこれもファンタジックなテーマのネイルの仕上がり写真や、施術動画ばかりだ。
 ルーン文字や幻想の動植物、遠景のお城や宝石のデザイン。要素だけなら厨二病なのに、彼女がまとめると現実感が凄い。まるで実在しているかのような──
「いやいや、何言ってるんだか」
 私は休日出勤のデスクで一人呟いた。他に誰もいない。麗らかな陽気が窓から入り込み、差し込む日差しは暖かく、桜が散りかけているのが外に見える。お昼は屋上で食べよう。なんだかとても現実的ではないのだ。

 そのネイリストが「ママが迎えに来たから、一旦還るね、またすぐ来るよー!」とツイートしてから、行方不明になってしまったと知ったのは、翌日の午後になってからだった。

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