『凍える朝』
“おはよう”
彼女はもういない。
彼女の太陽のような温かな笑顔はもう見れない。
柔らかな微笑みはもう遠くへと霧散した。
彼女はもう二度と朝を迎えることはなくて
永遠に明けない夜を唄い、ギターを奏で、花が咲くように笑うあの子と一緒に手を繋いで歩いているだろう。
心が氷のように冷たくなるのを感じる。
温もりを求める手は空を切り、ただ私はこの手を抱きしめることしかできない。
彼女を失い、小さな温もりも次第に温度を失い、枯れた花には霜がおりていた。
「───ぱぱ、あいしてる
ままも、あいしてる
だから、なかないでね」
掠れた声でそうつぶやく声は悲しそうだった。
握っていた手は力を失い
この子も、還ってしまった。
彼女が残した小さな結晶も解けてしまい
もう伝えたい言葉は誰にも届かない
喉が潰れるまで泣き叫んでも、もう二度と私の名前を呼ぶことはない。
もう二度と彼女の歌声を聞くことはできず、私はただ、冷たくなったこの子を抱きしめることしかできない。
私も愛している。
この言葉が言えたら
この凍ったような朝は幾分か温かかっただろうか。
私にはもう、凍えた朝しか来ないだろう。
『そして、』
そして、ある人はいった。
このミカンは私たちと同じだと。
訳が分からなかった。
私は思わず顔を顰め、その人はまるで子どものようにケラケラと笑った。
私はムッとし口を尖らせた。
このミカンが私らと同じなわけが無い。
その上、結論にたどり着くまでの証明が一切ない。
なぜミカンは私たちと同じなのだ。
その人は今度は小さく、悲しそうに笑った。
ミカンも私たちも同じこの地球の生物だ。
そして、この地球の頂点に君臨していると思っている私たちだが、傍から見れば違うかもしれない。
この世界の半分以上は虫が占めている。
つまり、この星を支配しているのは我々人類ではなく、虫なのかもしれない。
その人は先程捕まえた蝶の羽を観察し、そして数秒後はその蝶を外へ離した。
すまない、話がそれた。その人はフッと息を吐いた。
つまり、私が言いたいことはみかんと私たち人間は皮をかぶり生活していることだ。
外皮という皮、感情という皮、性格という皮、アイデンティティという名の皮、なんなら猫をという皮を被っている人間もいるではないか。
みかんも皮をかぶり生活している。
その結論、人間はみかんと同じだ。
皮を剥かなければその人の本性は見えない。
本当はこんなに甘くて美味しいのかもしれないのに、逆に酸っぱくて果物のはずなのに喉が渇くような代物かもしれない。
だが、一つだけ違うところがある。
人は人の皮を剥かない。
それは何故かって……愚問だな。
この皮を剥けるということに気づかないからだ。知らないからだ。
その人は本日5個目のみかんに手を伸ばした。
『tiny love』
真っ白な部屋にぽつんと置かれた椅子
それは誰も座ることは無いけれど、誰もその椅子の存在に気づかないけれども、ふとした瞬間に特定の人にだけ見ることが出来る。
そしてその椅子に腰かけてゆっくり呼吸をするのだ。
『おもてなし』
彼女は月の光を集めてお茶を淹れました。
客人は誰でもない、通りすがりの風の精です。
彼女は言葉を発する代わりに静かに湯気の立つ器を差し出しました。
そのお茶は、まるで溶けるような温かさ。ほのかに甘い香りが辺りを包み込みました。
彼女には帰れる家がありませんでした。
だから彼女は、誰かを迎え入れるためではなく、ただ静かに、誰かの帰りを待ち続けるのです。
かつて、自分が帰りたかった場所を懐かしむように、彼女の瞳の奥にはどこか悲しみが灯っているようでした。
彼女は何も発しませんが、そのお茶は彼女の優しさで満たされています。
夜の空には今にも落ちてきそうなほど溢れかえった星が、彼女の言葉の代わりに貴方を、『おもてなし』します。
『消えない焔』
この季節になる度に、あの日出会った小さな少年を思い出す。
「明日、父さんが死ぬんだ」
その言葉は、風のない夕暮れにぽつりと落ちた。
誰にも聞かれないように、だが、誰かに届いてほしいように。
私は何も言えなかった。
ただ、少年の瞳の奥に灯る小さな焔を見つめていた。
それは悲しみでも怒りでもなく、
言葉になる前の、名もない熱だった。
「おじさん、なんで人は死ぬの?」
「──……。」
「なんで、人はこの世に存在してるの?」
空に放たれた火の粉のように夕焼けは赤く燃え広がっていた。
「………父さん!早く帰ろー!」
「………あぁ。」
あの時の少年は今何をしているのだろう。
学生だった俺は、彼に何もしてやれなかった。