E

Open App

『おもてなし』



彼女は月の光を集めてお茶を淹れました。
客人は誰でもない、通りすがりの風の精です。
彼女は言葉を発する代わりに静かに湯気の立つ器を差し出しました。

そのお茶は、まるで溶けるような温かさ。ほのかに甘い香りが辺りを包み込みました。

彼女には帰れる家がありませんでした。

だから彼女は、誰かを迎え入れるためではなく、ただ静かに、誰かの帰りを待ち続けるのです。
かつて、自分が帰りたかった場所を懐かしむように、彼女の瞳の奥にはどこか悲しみが灯っているようでした。

彼女は何も発しませんが、そのお茶は彼女の優しさで満たされています。
夜の空には今にも落ちてきそうなほど溢れかえった星が、彼女の言葉の代わりに貴方を、『おもてなし』します。

10/28/2025, 11:06:01 AM