「燃える葉」
9月終わりの放課後
どことなく浮ついた教室の雰囲気に、なんとなく取り残された気がする、ひとつだけの影。
私は誰の目も合わせずに帰路に着いた。
少し前に、近所のおばさんに、「この前の英語のテストよかったんだってねぇ、うちの息子も見習って欲しいわ」と、言われた。
母親はあまり近所の人と交流はしないので、どこかで私の情報が漏れてるのだろう。
私のことなのに、私がいない世界で勝手に自分のことが広まっている、知られている。
そこに、私はおらず、輪郭だけが不透明に描かれている。
気持ち悪くて、吐き気がして、家へ帰って私はトイレに駆け込んだ。
涙が止まらず、嗚咽を漏らし続けた。
いつ、誰が私を見ているかも分からない。
もしかしたら、今この瞬間も誰かがみているかもしれない。
恐くて、恐くて、布団にくるまり、自身を抱きしめ、その日の晩はずっと震えていた。
私は次第に学校へ行かなくなった。
外へ出るのが怖くなった。
太陽にさえも笑われているような気がして、足が震えた。
この世界で誰1人私の味方はいない、そう感じた。
でも、それでも、この移り変わる景色は美しかった。
まるで、一つ一つ手編みされた絨毯のようで、紅、黄、茶、と、彩られ、夏の暑さを包み込む優しい風のように、私を包み込んだ。
ふと目に入ったもみじの栞。
小さい頃に拾った大きなもみじ
それを本の栞にしてもらい、私はその栞を使うために本を読んでいた。
本は好きだ。
本は、私に静かに語りかけてくれる。
本は私を受け入れてくれる。
言の葉は、私と本を、紡いでくれる。
私は布団からそっと顔を出し、紅葉に染る木々をそっと眺めた。
ふと見た、山々の葉は燃えるように叫んでいた。
「今日だけ許して」
今日の月はお寝坊さんなのか、皆が寝る時間にのこのこと姿を現した。
無音がうるさい真っ暗な夜道に、フラフラな足取りで帰宅した。
扉を開けてもそこには誰もおらず、脱ぎ散らかされた靴に、何日前からも放置している濡れている傘に、脱ぎっぱなしの靴下。
はぁ、と溜息をつき荷物と共にベッドへ倒れるとそのまま睡魔が襲ってきた。
(メイク、落とさないと……あぁ、明日レポート提出だ……えっと……資料は……)
あの山積みになっている本の山の中に資料があることを思い出し全てのやる気をなくした。
せめてメイクだけでもと洗面場へ向かえば、向かう途中の服を踏んでしまいずっこけてしまった。
もう、これは早く寝ろと神さまが言ってるんだ。そうだ。きっとそうだ。
私はもう開き直ることにし、雑に洗顔を済ませたあと服を脱ぎ、ベッドへ再び横たわった。
ブー、ブー、と通知音がなり私は何も考えずにスマホを開いた。
友達からの連絡が入っていた。
グループLINEも動いているようで、何やら今度同窓会を企画するらしい。
私は何度目か分からない溜息をつき、そのまま電源を切った。
今日だけ許して。
遠い足音
閉店間際の小さなカフェ
外は激しい大雨。少し離れた地域では土砂崩れの注意報が確かでていたなと、思い出した。
モップ掛けをしている私は思わず欠伸をしてしまった。
もう閉めてしまおうか──そう店長が言った時、ベチャベチャという水音にカランカランと店内のウィンドチャイムが鳴り響いた。
「──すみません、もう閉店ですよね」
「いらっしゃいませ。
はい、そうですが──」
「いいよ、通して」
店長の淡白とした答えが帰ってき、私はそのお客さんを席まで案内した。
(モップ、また、かけ直さないと)
彼女は泥のついた、巫女服のような服を着ていた。
コスプレ?でも、なにか違っていた。
私は視線を悟られないように微笑み、メニューを渡した。
「えっと、ホットミルクをひとつ、お願いします」
「かしこまりました。」
店長は鼻歌混じりでホットミルクを注ぎ、そして、
「これ、サービスで」
と、私の好きなたまごサンドを用意した。
私がムスッとしていると気がついたのか、店長は吹き出し、私の頭を撫でた。
「お前の分もあるからそんな顔するな」
「やった〜!」
「最後の締めまでよろしくな」
「………はーい。」
彼女のところまで運ぶと、彼女はハンカチーフで髪の毛を拭いている最中であった。
私に気がつくとその手を止め、髪を後ろへ戻した。
「こちら、ホットミルクでございます。
たまごサンドはサービスとなっております。
ごゆっくりどうぞ〜」
本当は早く帰って欲しかったが、ごゆっくりどうぞ以外の最後のセリフが分からないため、どれだけ忙しくてもそう言ってしまう。
「ありがとうございます。」
彼女は少し驚き、そして、優しく、嬉しそうに笑った。
笑顔は、とても素敵な人だった。
私は暇なので、せっかくなら少しはお話しようかなと、思い切って話しかけた。
「どこから来られたんですか?」
「えっと……ここからは、遠いですね。
はい、遠いです。」
手を温めるかのようにコップを手のひらでつつみ、彼女はホッとため息をついた。
彼女は不思議な人だった。
話せば話すほど、疑問が深まる人であった。
何故か彼女と話せば頭がふわふわした。
声が柔らかく、ゆったりとしゃべり、時間の流れが緩やかに感じた。
店長も珍しくそのお客さんに興味を持ち、片手にはコーヒーを持っていた。
ずるい!私もなにか飲みたい!と思ってればさすが店長、私のために砂糖たっぷりのホットミルクを用意してくれた。
「お釣りは──円です。
ご利用ありがとうございました〜」
あ、お客さん、傘の貸出──
と、扉を開けたら、あのガラスをうちつけるかのような大雨を降らしていた空とは全く思えないほどの満点の星空であった。
そして、“ありがとう” と、書き置きされた手紙が置いてあった。
これは、今年の夏が最後に残した、遠い足音であった。
君と見上げる月
拝啓
雷雨が立ち去り、静かな香りに包まれた秋がやってまいりました。
ふと見上げた月は貴方のように凛と光り輝き、美しいものでした。
貴方はいつもわがままばかり言い、拗ねてる日が多かったですね。
ですが、何か嬉しいことがあるところころと顔色を変え、そんな貴方の笑顔はまるで太陽のように私の心を温かく包み込んでくれました。
貴方が寂しいと言った日はそっと私の傍により、可愛らしい寝息をたてていましたね。
私が風邪をひいた時はなれない料理をし、火傷を負ってしまいましたね。あの時のお粥は、本当に美味しかったです。
貴方の柔らかな髪、貴方の声、一つ一つの仕草が愛おしくて、貴方は、まさしく私の太陽でした。
貴方が亡くなり、49日が経ちました。
今夜は十五夜です。
今年も、貴方と月を見たかったです。
本当に、大好きです。
もし叶うならば、もう一度貴方を抱きしめたい。
今夜の月が、貴方に届いていますように。
敬具
君と見たあの桜はどこまでも美しかった。
桜は1年の眠りにつき、この暖かい春に優しく微笑む。
けれども、その優しさはどこまでも儚く、ぽとりと落ちている桜の花びらはまるで自信をなくした君のようだった。
そっと君の手を握るとあなたは悲しそうに笑った