創作怪談 「梅雨」
真っ白な衣装を纏った少女にカメラが向けられた。
彼女は微笑み、強いフラッシュが焚かれる。間を置いて何枚か撮影した後、ようやく撮影が終わり少女は神社から自宅へと雨の中を移動していく。
とある時代のどこかの村で少女は花嫁となった。しかし花婿の姿は無い。さらに、彼女の親族だけが披露宴に参列しているのだった。
親族一同が揃い、宴はひらかれた。雷が淋しげな空気を震わせる。彼女の母親が耐えかねたように泣き崩れ、彼女の父親は沈鬱な面持ちで黙々と箸を動かしていた。
少女はあれがおいしかった、あの日が楽しかったと思い出したことをぽつりぽつりと話していた。とうとう父親も声をあげて泣き始め、少女は震える声で今までありがとうと呟いた。
皆が寝静まった頃、少女は三人の武装した付き人と共に雨が降りしきる山へと入った。やがて辺りを太いしめ縄で囲われた池が眼前に広がる。
波紋があちこちで広がる水面にひときわ大きな波が起きた。そして一体の龍が現れる。龍の頭は少女たちのはるか頭上にまで及ぶほど大きい。ぬらぬらとした鱗に炎の色が反射し、絶妙な色の光沢を帯びる。神々しいとも禍々しいとも思える姿である。
寸の間、少女は龍に見惚れた。とたんに少女が消え、腹が膨れた龍は満足気に水底へ帰っていく。付き人たちはしばし呆然とした後、村へと逃げ帰って行った。
この村は龍神に守られているため日照りが続こうと干ばつが起きず、大雨が降ろうと洪水が起こらない。その代わり、十四歳を迎えた村の少女を龍神へ嫁がせるのである。だが、あれが本当に「龍神」なのかどうか村人たちは深く考えないようにしているのであった。
(終)
※フィクションです。
創作「無垢」
静かな眼差しが、一人の青年に向けられる。黄金に染まる虹彩の主は、ヒトの寿命よりはるかに長い時を生きている。度々、戦乱の時代を越えてなお、垢のつかぬ瞳が賢き光を湛えるのはその者がヒトを凌駕する存在であるからだろう。
だが、上位存在は一介の人間にすぎないこの青年に何故かひどく興味を抱いたようだ。かの者は事あるごとに彼を静観していた。
観察の対象である彼はいくつもの世界線上にあった。様々な平行世界に生きそして死ぬ彼を観測しては上位なる存在は一喜一憂していた。
その様子は正に無垢。
やがて、青年が己が身の上に気がつく世界線が現れ始めた。そして上位の存在からの提案を断り、あまつさえ倒すことを望んでいると、その世界線では明かしたのである。
それ以来、上位存在は自らが脅かされる世界線を全てもみ消しているのである。それ故に、上位存在の視線に青年は永久に気づかずにいる。
創作「終わりなき旅」
おや?彼がいませんね。どこへ隠れているのでしょうか。あ、いました。部屋の真ん中でぴくりともしませんよ。ああ、そうですね。これは残念です。仕方ありません。次の彼に託しましょう。
「うっ……夢、だったのか。ん?」
私の腹の上に、原稿用紙を紐で閉じただけの簡素な本が一冊乗っていた。中は私の字で書かれている何かの物語だ。だが、後半は全て自己を省みる言葉が続き、後は何も書かれていなかった。
「こんなもの、書いた覚えはないぞ」
それは当然です。なぜなら、前のあなたが書いたものですから。そして、あなたにはこの文章を完成させてもらうつもりです。
「そうか。完成してどうする?」
あなた自身を完成させるのです。
「うん。それで、お前は誰だ」
あなたを見守るものです。
「そうか。ならもうこれ以上、私を狂わせるな。私は私だ。私の意思で行動する」
以前のあなたも、同じことを言って消えました。
「それは前の私だろう。私は今の私だ。前の私とは異なる」
本当にそうでしょうか?
「なんと言われようと、私はこれを書かない。いくら書いても完成なんて訪れないから。これはもう処分する」
彼は断ることを覚えたようです。
ですが、旅は終わりません。
また、どこかで会いましょう。さようなら。
創作「ごめんね」
「ちょっとその……なんだっけ、えーと、あの……あれ?その辺にある?あれっ あれ取って」
テレビの番組を変えたくて、四角いあれの名前が出てこない。状況を察した家族は、しっかりリモコンを取ってくれる。
「ありがとう!」
焦っていると、簡単な言葉や名前が思いつかないことがある。だから、家族の手をちょこちょこ借りている。手間かけさせてごめんね、いつもありがとう。
創作「半袖」
暑さが厳しくなって来た。そういえばもう衣替えの季節だ。それで、半袖を用意したは良いが日差しが強い。加えてうっとうしい蚊もいる。
日焼けと虫刺されの対策として、長ズボンと靴下を履き、半袖の上に薄手の上着を羽織る。暑い。夏が私の天敵であると改めて思い知る。
思考が溶けていくような暑さも、飛び交う蚊も年々強くなっているようだ。それから、初夏の不安定な気候についていけず、衣替えに失敗するのは毎年恒例の行事だ。