創作「恋物語」
「ふざけてるの?」
可愛らしい便箋を手に彼女は眉をひそめる。校舎裏に立つ女子の前には大人しそうな男子が一人。真剣な顔で彼女の言葉を待っている。
「要するに、あたしに惚れたってことよねぇ」
静かな迫力に圧倒されつつ彼はぼそぼそと何か言った。便箋に目を落とした彼女はふっと吹き出す。
「これ、『恋』が全部『変』になってる。あと、文法もめちゃくちゃね」
突き返された便箋に彼は絶望的な表情を浮かべてその場に立ち尽くした。片や彼女は優しい笑みで口を開く。
「この学校でダントツの文才を誇るあたしに恋文とは、あなた随分な度胸ね。気に入ったよ、書き直して来たら考え直してあげる」
彼の表情はわずかに明るくなった。だが、彼女は不敵な顔で彼を見つめる。
「なーんて言うと思った?もう二度とあたしの前に現れないで」
そう言って彼女は男子に背中を向け去って行く。残された彼は青ざめた顔で小さく震えていた。彼らの恋物語はここで一度終わりを迎えたのだった。
(続く)
「真夜中」
読書が異様に面白く感じる。
文章が上手くなったと錯覚する。
カップ麺やスイーツが格段においしくなる。
そんな時間帯 。
創作「愛があれば何でもできる?」
[人物Aの証言]
問:なぜあんなことをしたのか。
A:「全ての愛を描き出そうとしたら、倫理観が邪魔だと思うようになったんだ。で、どこまで倫理観を捨てれるか試してみたんだ」
問:ためらいはなかったのか。
A:「そりゃそうさ!だって、あんな体験は一般的な生活じゃまずできないからね」
問:相手のことを愛していたか。
A:「えっ、まぁ、愛してはいたよ。だけど、それよりも好奇心が勝っちゃってさ、僕ったら知りたがり過ぎて困るねぇ」
問:悪いことであると思っているのか。
A:「うん、じゃなきゃ僕はここであんたとは話してないはずでしょ?」
問:相手はおまえを愛していたと思うか。
A:「うーん、どうだろう。考えたことないな。まぁ大好きだとは言ってくれてたね」
問:愛があれば何でもできると思うか。
A:「できる。だって僕がそうだもん。愛を描くことを最も愛している。だから僕は、迷いなく行動できたんだ」
問:愛があれば何でも許せるか。
A:「わからないね。でも愛があっても許せない人がいるから、僕は罰を受ける。愚かな僕に罰を与えることが僕への愛だと言う人もいたし。だからまぁ、僕の罪は一生許されることはないんだろうね」
(終)
創作「後悔」
急いで部活に向かう途中、俺は廊下の角から曲がって来た誰かとぶつかった。その拍子に俺は運んでいた原稿用紙を派手にばらまいたのだった。
はらはらと原稿用紙が散る刹那、踏みとどまった俺と転んだ女子生徒の目が合う。ツインテールの女子は驚いた後、キッと俺をにらんだ。
「ちょっと、ちゃんと前見て歩いてよね!」
しりもちをついたツインテールの女子に一喝され俺は状況を思い出す。
「うわぁ、ごめん! 痛かったよね立てそう?」
「まぁ、手を借りる程ではないわ」
そう言って難なく立ち上がったため、俺はひとまずほっとする。しかし、すぐにツインテールの女子は必死に辺りを見回す。
「ファイルはどこ?」
彼女が持っていたらしいファイルは散らばった原稿用紙に隠れてしまったようだ。俺は原稿用紙を回収しつつ、ファイルを探す。
ほぼ回収し終えた頃に黄色い表面が見えた。見つけたことを伝えるとツインテールの女子がファイルを拾い挙げる。ぱさりと中身がこぼれた。
「?!」
課題のプリントに紛れて、シャープペンで描かれた耽美で妖艶なイラストが三、四枚廊下に散らばった。ツインテールの女子は見るからに狼狽している。
「ち、違うの! これはね、その……あの、違うの!」
「へぇ、キミってイラスト上手なんだな」
「……は?」
「ほら、イラスト上手だなって。これってキミが描いたんだろ?違うの?」
「まぁ、アタシが描いたけど……もう、もう、帰ろう。ぶつかってごめんなさいね!」
ツインテールの女子は急いでイラストをかき集め、足早に去って行った。
「あれ?あの絵柄、どっかでみたような……あ、やっべ、部活遅れる」
あの時のツインテールの女子が、実は俺が好きな絵のイラストレーター本人であることを知ったのは、その女子が転校した後のことだった。
(終)
創作「風に身をまかせ」
もう、抗うことはない。もう、隠すことはない。
ここにはワタシを嗤う人はもういない。
いないはず……いないはず。
「はぁ? 甘い味がしたって、ワタシの詩の詰めが甘いってこと? 」
「そういうことじゃなくってね、その……」
わたしには文章に味を感じる不思議な感覚がある。実際に食べているわけではないが何かしらの味を感じるのだ。しかも、感覚はコントロールできない。
時には複数の味が混ざることもあるけど、この人の詩は純粋な甘味を感じた。内容はシリアスな詩だったのに。これは、言えば言う程さらに墓穴を掘ってしまいそうだ。
「……ちゃんとしたこと言えなくてごめんね」
「良いよ、あんたにはもう見せないから」
つんと視線を外して、彼女は行ってしまった。どうやら本気で怒らせてしまったようだ。
放課後、 公園で一人落ち込んでいると友人がやって来た。友人である彼女はわたしが感覚のことを明かした唯一の相手だ。
「あの人、すごい気難しいから。誰が何言ってもあんな感じだよ」
「そうなんだ、わたし、嫌われたかと思った」
友人はいちごオレのストローから口を離し、わたしをまじまじと見る。
「そうだねぇ、まぁ、うかつに文章への感想とか言えないのはつらいよね?」
「うん……いちいち説明する訳にもいかないし、比喩だって誤魔化すのも何度も使えないから」
わたしは小さくため息をつく。空気を明るくするように、友人はよいしょと声を出して立ち上がって伸びをする。
「ま、風に身をまかせてれば良いんじゃない。悩んでたって成るようにしかならないしさ」
風に身をまかせて、か。友人の言葉は淀んだ胸の中を爽やかに吹き抜け、わたしを元気づけてくれたのだった。
(終)