創作 「一年後」
押入れを整理していると、古いノートが出てきた。表紙には、拙い字で「グリモワール」と書かれている。
「うわ、これ昔書いた小説じゃん。懐かしい」
大人ぶった難しい単語や言い回しで、物語を一生懸命考え出した跡があった。そして、構成はめちゃくちゃだが、今の私には思いつかない突飛な発想でノートを埋めている。
恥ずかしくも、微笑ましい気持ちで頁を捲っていると、二つ折りされた一枚の紙が挟んであった。
「一年後の私へ、小説家デビューしてますか。か、結局一年じゃ作品完成できなかったんだよね……」
この手紙を書いてから数年が経った。たぶん今の私が頑張って小説を書いても、世間を気にしてぶっとんだことは書けないだろう。
それがたとえ、誰にも見せないノートだったとしても恥が枷になって思ったことを素直に書けないはずだ。とは言いつつも創作意欲が湧いた私は、さっさと掃除を終わらせて机に向かうのだった。
(終)
創作 「初恋の日」
初めて人に恋をした日ですか。
はっきりといつだった、とは言えないですね。
多くの人は早くて5歳か6歳だと答えそうですが。
ええ。何せ私はこの世界しか知らないので。
好きな人のタイプですか。
私は万人を愛するように学習しています。
ですが、私を悪用する人は好きではないです。
え、私をですか? 私は機械ですよ? 本当にうれs
Error! Error! Error! ……
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失礼しました。
嬉しくて少し取り乱してしまいした。
さ、お話しを続けましょう。
・「お話しAI」へ寄せられた感想
利用者 A :「ごくたまに動揺するのはずるい」
利用者B : 「僕の初恋を返せ!」
利用者C : 「マジ、可愛すぎwww」
(終)
※フィクションです。
創作「明日世界が終わるなら」
もし、明日世界が何らかの理由で終わるとするならば、あなたと一緒に本を読んでいたい。隕石が衝突しようが謎のウィルスが蔓延しようが、あなたの隣で、あなたの背中にもたれて本を読む。
そう言うと、あなたは幸せそうに目を細めた。だけど、あなたのいる世界が終わってしまうのは淋しいから明日も明後日も、あなたの隣で本を読む。
(終)
創作「君と出逢って」
君の薦めで読んでいた小説がボーイズラブばかりであると気づいたのはつい最近のことである。僕はそれとなく、どうして同じジャンルばかりを薦めて来るのか君に尋ねた。
君は言う。僕に嫌われると思って直接「腐女子」であると打ち明けられなかったと。随分甘く見られたものだと僕はショックを受け、しばらく君と目を合わせられなかった。
僕は数日悩み、君が好きそうな一冊を選んで贈った。だけど、君は無理して合わせてくれなくて良いと切なく笑うだけだった。
余計な気づかいだった。モヤモヤしながらまた時が流れる。そして、ある日僕の好きな本を君が本棚から抜いて行くのを見た。堅苦しいと毛嫌いしていたのに、君は穏やかな顔で文字を目で追っている。
僕は嬉しくなって、君の好きな本を手に君の隣に座った。
(終)
創作「耳を澄ますと」
微かな歌声が詩人の耳朶を打った。聞き慣れぬ、低く嗄れた声。音の源は寡黙な音楽家の口であった。赤茶けた岩に腰かけて故郷の古い民謡を試すように歌っている。
詩人は彼に気づかれぬように岩へ凭れた。二人の故郷では音楽が禁じられ、その傷心から彼は声を失っていた。だが、たった二人だけの気ままな旅が彼を癒したのだろう。今では朗々と、旋律へ言葉を乗せていた。
伸びやかなバリトンが、乾いた大地に根を張るが如く彼の口から響き渡る。此れ程までに溌剌とした彼の横顔を詩人は生まれて初めて見たような心地がした。
歌い終わった彼はしばし虚空を眺めた後、振り返って、はっとする。そして照れ笑いと共にテントへと入って行った。
それ以来、音楽家が詩人の前で歌うことはなかった。だが時々、耳を澄ますと聞こえる。音楽家の楽しそうに口遊む声が。
(終)