創作怪談 「二人だけの秘密」
私は戸惑っていた。確かさっき三人で教室を出たはずである。しかし、私と一緒に下校していた二人も困惑の表情を浮かべ教室に立っていた。
割れたガラス窓から夕日が差し込む。私たちの影が長く伸び、後ろの壁でひとつの像を結んだ。巨大なきつねである。目は赤くつり上がり、牙は長く鋭い。そして、鎌のような鉤爪を振りかざし私へ飛びかかってきた。
とっさに避けて、振り返ると、獣は唸りもう一人へと襲いかかっている。私は逃げつつドアを確認した。開かない。廊下の窓は椅子で殴っても割れない。
窓に、床に、四方の壁に、天井に「オワラセロ」という言葉が次々と現れた。机の上に「こっくりさん」用の五十音表と十円玉が落ちて来る。私はそれで全てを察した。三人で攻撃を掻い潜り十円玉に指を置いて、声をそろえる。
「こっくりさん、こっくりさん。ありがとうございました。お離れください」
十円玉は左上に書かれた「はい」の文字へ移動し、鳥居の絵へと帰って行った。とたんに、まぶしい光が放たれる。目を開くと巨大なきつねも「オワラセロ」の文字も消え失せていた。
替わりに一匹の白いきつねが、申し訳なさそうに机の上に座っていた。他の二人は気絶して動かない。
「怖がらせてごめんなさい。急に呼び出されて、社に帰れなくて、自分、びっくりして……その、本当にごめんなさい」
白いきつねはしょんぼりと耳を垂れた。私は首を横にふった。
「私たちこそ、勝手に呼び出してごめんなさい。本当に来てくれてありがとう。きつねさん」
「うん、じゃあ、自分のこと他の人には内緒ね。こっくりさんは、正体を明かしちゃいけないから」
「わかりました。一生秘密にします」
「じゃあ、またいつか。今度はお参りに来てね」
そう言って白いきつねは姿を消したのだった。
後編 (完結)
創作怪談 「優しくしないで」
こっくりさん、こっくりさんあの人の気持ちが知りたいです。
「わぁ、また難しい質問がきたよ」
手軽な降霊術で知られる「こっくりさん」をとある学校の生徒たち三人が行っていた。そこに、新米きつねは遣わされたのだった。
「これ、人間が十円玉から指を離したり、儀式を中断したら問答無用で祟んなきゃなんないでしょ。自分嫌だよそんなの」
人間好きな新米きつねにとって、荷が重い使命。だけど、逃げるわけにもいかない。長々と迷った末に心を決めた。
専用の五十音表の上で新米きつねは十円玉を念力をつかって動かす。「や」、「さ」、「し」、「く」、「し」、「な」、「い」、「で」
「優しくしないで。ふう、こんなもんかな」
三人はどよめく。そして、質問は続く。優しくしないでとはどういうことですか。テストで満点とれますか。学校で一番モテるのは誰ですか。
新米きつねはひとつひとつ丁寧に解答していく。
だが、三人は飽きたらしく「こっくりさん」を中断して帰ってしまった。新米きつねは社に帰れず、ポツリと教室に取り残される。
「は?散々質問しといて、おいてけぼりなんて。自分、全部答えたよね。ねぇ、ねぇってば」
新米きつねは悲しいやら悔しいやら。だんだんと腹が立ってきた。体の奥からどす黒い感情が湧いて来る。なぜ人を祟らないといけないのかこの時、新米きつねは理解した。とたんに 体が大きく、毛並みは荒く、爪も牙も鋭く硬くなる。
「祟ッテヤル」
新米きつねは教室の窓を破り、三人の元へ駆けて行った。
前編 (終)
創作 「カラフル」
炎色反応という現象がある。炎の中に特定の金属を加えることで炎の色が変わる現象だ。例えば花火の色が変化するのは炎色反応を活用しているからなのだそう。
俺はあれから嫉妬の炎で身を焦がしていた。彼女が別のクラスの男から何かをもらっていたのを見てしまったのだ。しかも、彼女のあのにやけ顔。いつも俺の前では澄ましているくせに。俺は灰色な感情をくすぶらせていた。
部室の戸を開けると、先に来ていた彼女が普段通り、つんと澄ました顔で後輩の作品を添削していた。俺は彼女の向かいに座り自分の作品に取りかかった。
「あ、昨日ね良いものもらったんだ」
彼女がリュックから一枚の紙を取り出した。大きな見出しが目立つ商店街のイベントのチラシである。下のほうにじゃんけん大会の参加券がついていた。
「どーしても欲しいものがあって。そしたら、ちょうど先輩からこれを譲ってもらったんだ。来週の休み一緒に行こうよ」
ふっと灰色な嫉妬の炎が鎮まる。そして、なんだかいろんな感情が入り乱れ、俺は乾いた笑いをもらした。
「……来週の休みね。行こうか」
「え、本当?やったぁ!」
俺の感情は彼女の表情で、言葉で色が変わる。まるで炎色反応のように。 そして、 彼女の気持ちが俺と同じ色に燃えていることを少しだけ期待してしまうのだ。
(終)
創作 「楽園」
緻密な装飾がされた両手サイズの箱をそっと持ち上げる。蓋を開ければやさしい音楽が溢れる。
このオルゴールの名前は「楽園」と言う。植物のレリーフで彩られた小箱から奏でられる音楽で心身を癒されるようにと願いが込められた品である。
俺は机にオルゴールを置き、ベッドに潜った。熱っぽく痛む頭にも、オルゴールの音色は心地よく染み入る。お大事に。十分にお眠り。そう言ってくれているようだ。だんだんと眠気が訪れ俺は目を閉じた。
(終)
創作 「風に乗って」
ストローの放射状に開いた先からふくふくとシャボン玉が膨らむ。割れないようにストローから切り離すと音もなく空中を漂い、ふっと消えた。
今度は細かい泡をたくさん作る。虹色の軽やかな宝石たちはくるくると風に舞い、ゆっくりと地面に降りて姿を消した。
やがて、夕焼けが辺りを染める。遊んでいた子どもは家路をたどって駆けて行く。いくつものシャボン玉がまだ、ふよふよ、ふわふわ風に乗って遊び、遠くの空へと帰って行った。
(終)