創作 「刹那」
俺と彼女。 睨み合う二人の視線の間に火花が散る。机の上にはヘルメットとピコピコハンマーが並べて置いてある。その隣の机には三種類の賞品が鎮座していた。
「最初はグー、じゃんけんぽん!」
勝ったのは彼女。俺は瞬時にヘルメットに手を伸ばした。だが、被るよりも速くピコピコハンマーが俺の頭に当たる。
「あ」
「やったぁ、あたしの勝ちー」
彼女は弾む声で、戦利品である青いうさぎのぬいぐるみを抱き上げた。彼女があまりにうれしそうにはしゃぐから負けた俺まで笑顔になる。
「向こうにかわいい雑貨屋があるの。行こう!」
そう元気よく言い彼女は腕を引っ張ってぐんぐん歩いて行く。とある商店街のイベントでの話であった。
(終)
「生きる意味」
生きる意味とは、生きる価値とは。
そんなこと考えてたら生きる意味を見つける前に心を病んでしまうよ。
自分が追い求めるのは「生きる意味」というよりかは、「生活の質」かな。
呼吸して、ごはん食べて、歯磨きして、お風呂入って、睡眠して、排泄して……。
ざっくり言うと産まれてから死ぬまで身体は否応なしにそうやって動いてる。
そこに仕事、勉強、恋愛、趣味みたいな人間の社会生活が乗っかってくる。
で、病気、事故、災害をいかに乗り越えるか。
映画に例えるなら死亡フラグをどうへし折るか。
ようは、生きる意味はよく分からないってこと。
だから「生活の質」。今ある生活を改善したり、磨いたりする方がはるかに有意義な人生になりそう。
まぁ、自分のペースで生きていけるならそれに越したことはないね。
何はともあれ、この世に産まれてしまったからには死ぬまで生きるんだよって誰かが言ってたし、生きる意味とはそういうものなんだろうな。
(終)
創作 「善悪」
善玉菌、悪玉菌、日和見菌。腸内細菌の数のバランスでお腹の調子が変わってくる。腸内環境を整えるには、食物繊維が多い食材を一定量食べ、適度な運動と睡眠をすること。知識はある。気をつけたいとも思う。だけど、どうにもならないことがある。
おいしいものはついつい食べすぎてしまうんだよ!
お菓子がおいしすぎるのは罪だろう!
夏のソーダアイスが悪魔的すぎるんだよー!
「えぇ、何これ……秘密ノート?」
俺は廊下に落ちていた無記名の「秘密ノート」を眺め首をひねった。この筆跡はどこかで見たことがある。そして、持ち主はお菓子が好きな誰か。俺の脳内に徐々にその人物像が浮かび上がる。
調理室に向かい、目的の人物を呼んでもらった。
「これきみのノート?」
小柄な彼女は恥ずかしそうに真っ赤になりながらノートを受け取り、脱兎のごとく元の場所に戻っていった。
「なんか、おせっかいだったかなぁ」
後日、俺はノートの持ち主に廊下で呼び止められた。拾った場所や経緯を話すと、ノートの持ち主はようやく安心したようだった。
「この前はごめんね。まさか、男子に見られるとは思ってなかったから、恥ずかしくて」
「俺こそもう少し渡し方考えてればよかったな」
「ううん、大丈夫。すぐに見つかって安心したよ。じゃあ、また明日」
「うん、じゃあね」
スムーズに解決してよかったと俺はほっと息をつく。そして小柄な彼女の「秘密ノート」についてそっと記憶の奥深くにしまいこむのだった。
(終)
創作 「流れ星に願いを」
「じゃーん。手作りのお菓子だよ、食べて食べて」
小さなクーラーボックスからカップ入りのゼリーを取り出して文芸部の友人たちの前に置く。甘いもの好きな二人は目を輝かせた。
「うわぁ、きらきらしてる、うまそう!」
「本当きれいなゼリー。幻想的だね」
寒天で作った紺色の星空ゼリー。カップの底から紺色と透明の二層になっており、少し傾けると、中に仕込んだ金粉がきらきら流れ星のように光る。そして、うえにミントの葉をのせた爽やかな一品だ。友人がそっとスプーンで掬って口へ運ぶ。
「ひんやりしてぷるぷる。中にはブルーベリージャムが入ってるんだね。おいしい、これ」
「そうなの。ジャムも手作りしたんだよ」
二人とも夢中でゼリーを食べ、あっという間に平らげたのだった。わたしは嬉しくてニコニコしながらカップとスプーンを回収した。
友人たちには内緒だが、このゼリーはわたしの好きな本の文章から感じた味を再現したものなのだ。流れ星がモチーフの甘酸っぱくて、爽やかな味の本だった。
「ゼリーおいしかったぁ、あたし頑張ってみる」
「よっしゃ、俺も書くぞー」
休憩した二人は元気が出たようでわたしは安心した。今度は友人たちが作った文芸作品も再現してみようか。そんなことを考えながら、わたしは部室をあとにしたのだった。
(終)
創作 「ルール」
彼女が原稿用紙の文章を消しゴムでがしがしと消している。彼女が気に食わないことを書いてしまった時に良く見る光景だが、一体何を書いていたのだろうか。
「筆が止まってるね?」
「交通ルールについての作文だったんだけど、上手く書けないの」
彼女は消しゴムのかすを机の隅に寄せながら言う。原稿用紙は題名と彼女の名前以外はすっかり消されてしまっていた。
「珍しいな」
「でしょ。あーあ、今回の資料はいらなかったな」
彼女の自嘲を含んだ言葉に俺はムッとする。彼女は資料に基づいて公平な文を書くのが得意であるはずだ。実際、それで賞をいくつもとってきた実力がある。
「は? 賞をとりたくないのか」
俺はわずかに怒りをにじませ尋ねた。だが、彼女は疲れたように天井を見る。
「まぁ、受賞できるのは嬉しいよ。だけど、期待されるのは苦手なの。それにね」
彼女は言葉を切り慎重に口を開く。
「あたし、たまに自分で書いた文章が怖いと思うことがあるの。テーマによっては私情を挟んで語気が強くなることがあるから。それで硬い文体でこうあるべきだって書いちゃうの」
彼女は顔を両手で覆い深く息を吐く。
「あたし、そんなふうに書きたくない。もっとやわらかくて、かろやかな意見を書きたいの……」
俺は静かに衝撃を受けていた。彼女は書くことに関しては遠慮の無い人だと思っていた。テーマに合わせて思ったことをストレートに表現しているのだと俺は思っていただけに、彼女がそんな悩みを持っていたとは知らなかった。
「ねぇ、どうしたらキミみたいな柔軟な書き方ができるの。教えてよ」
彼女はそう言い、俺の目を見つめるのだった。
(終)