「今日の心模様」
書架にずらりと並んだ背表紙。
・豪奢なドレスや着物を身に纏った姫君の物語
・怪しげなローブの魔術師の邪悪な奇譚
・甘く艶やかな愛と欲を描く恋愛ドラマ
・頭脳明晰な探偵の靴音高い推理にサスペンス
・鳥肌必至の怪談または血腥いホラー
・遠い宇宙や時空にロマンを詰め合わせたSF
・日本の歴史に思いを馳せる時代小説
・知らない町並みに出会いと別れの旅行記
・部活に勉強に友情、制服が似合う学園もの
・働く大人のプロ意識が光る、お仕事小説
・強大な敵に苛烈で熾烈な技で挑むバトルもの
・心暖まり、時に切ない動物のお話
・あらゆる国の料理に舌鼓、グルメ小説
・ほっと一息、部屋着姿の日常話
その他諸々……
さて、今日の心模様ならどれを選ぶ?
創作 「たとえ間違いだったとしても」
親愛なるボクの友人へ
聞いてくれ、ボクの研究がようやく王に認められたのだよ!
どうやら今の今までボクが卑屈になっていただけのようだ。だが、多くの魔法使いたちを不安に陥らせたのは事実だ。これからも気を引き締めて、研究を理解してもらえるように説明していくよ。
今までキミには多大な苦労させてしまったね。
たとえボクの研究が間違いだったとしても、キミはボクたちを信じてくれていた。「うで」が安全なものだと、ボクと一緒に王へ進言してもくれた。
キミには感謝してもしきれないよ。本当にありがとう。
───・───より
額に入れられ壁に掛けられた科学者の手紙を、ヒトの腕の形をした人工知能は眺める。彼が老衰で亡くなるまで人工知能に見せなかった手紙は、およそ千通を越えていた。
ちなみに 何百年も前に魔法は途絶え、その後すぐに王の都は滅びた。そして、一人の科学者が遺した文章執筆用人工知能「うで」は彼の親類の子孫が引き取り、科学者の博物館の案内人として、現在も活躍中である。
(終)
創作 「雫」
オランダの涙と呼ばれる滴形のガラスがある。
丸い部分をハンマーで叩いても割れない程、丈夫なガラスなのだそう。 ただし、細く伸びる尾を折るとガラスは呆気なく砕けてしまうのだとか。
カチリと蛍光灯がつき俺はのろのろと本から顔を上げた。お菓子と飲み物を抱えた彼女が苦笑いしつつ部室に入って来る。
「ほら、カフェオレとおやつ」
「……ありがとう」
「残念、だったね。小説コンテストの結果」
「うん」
「でも、全国大会に初出品で佳作は凄いことだよ!」
そういう彼女は、文章を書かせればあっさり最優秀賞やら特別賞やらをとってしまう。文章の出来に波がある俺とは、月とスッポンだ。そんな彼女からのありがたい慰めの言葉を、深いため息で吹き飛ばす。
「泣いてるの?」
彼女が心配そうに、俺を覗き込む。俺は顔を見られたくなくて本を顔の前にもってきた。来年こそ、彼女を越える。そう、宣言したい。なのに、涙が止まらず、声にならない。
そのガラスは、俺に似ている。打たれ強いのに、もろい。心の尾を折られた俺は、溢れる悔しさの雫をしばらく止められなかった。
(終)
「何もいらない」
何もいらないことはないよ。だけどね、欲しいものは沢山あったはずなのに、ほとんど忘れてしまったんだ。
「必要か必要じゃないか。欲しいけど今は保留」
そんなことばかりしてたら、欲しいものをパッと思いつけないことが増えちゃった。
たとえ思いついても欲しいものを実現する前に、欲しい理由を考えてしまってね。必要なかったらそのまま忘れてそれきりだ。まあ、もどかしいね。
だからね、自分は何もいらないとしか言い様がないんだよ。
創作 「もしも未来を見れるなら」
友人の家へ着くと彼女は、分厚い文献の頁をめくってはノートを録っていた。床には難しい内容が書き込まれたルーズリーフが沢山散らばっている。
「凄い、これ全部調べたの?」
一枚を拾い上げ、わたしは感心する。コピーされた写真や文章が張り付けてあり、その横に友人の補足情報が丁寧にまとめられているのだった。
「物語の創作は主人公たちの未来を見通す作業だからね、伏線にも説得力を持たせたいの」
わたしは未来を見ずともわかる。友人の創作への情熱は失せることはないと。そして、友人が書くものは必ず「おいしくなる」のだと。
(終)