「無色の世界」
墨の濃淡で描かれた水墨画。
白黒な絵と、台詞と擬音語で構成される漫画。
挿し絵の全くない小説や詩。
モノクロ写真、モノクロの映像。
奥深き、色彩の無い世界。
見る側に空想の余地を与えてくれる。
創作 「桜散る」
いなりさまのおつかいで、田畑の様子を視察していた新米きつねは、 とある老夫婦のもとを訪れた。
二人は水路に溜まった桜の花弁をさらい、田をおこす準備をせっせとおこなっている。おばあさんが作業の手を止めて、畦道に腰をおろした。そして、新米きつねと目が合う。
「おや、白ぎつね。珍しいわぁ」
おじいさんはおばあさんの視線の先をたどり、少し首を傾げた。だがすぐに、にこりと笑って田を耕す。
「今年の米は豊作でしょうなぁ」
おじいさんはそう言い、鍬を振るう手を止めて遠くに目をやる。桜の花弁が風に乗ってはらはらと舞い踊っている。
「そうでしょうねぇ。ありがたいですねぇ」
おばあさんは水筒のお茶を飲み、目を細める。
おじいさんが再び、新米きつねがいる辺りを振り返った。やはり、視線はずれていたが、おばあさんと過ごせる日々への感謝をささやいて、仕事に戻って行く。
「ふふ、嬉しいわぁ」
わたしにしかあなたは見えないのと、おばあさんは新米きつねにこっそり言い、田おこしに戻って行ったのだった。
(終)
創作 「夢見る心」
あれから嫌な夢ばかりみていると、詩人はこぼす。各国の王や大貴族の耳ばかりを悦ばせるのはうんざりだとも。寡黙な音楽家はギターを調律する手を止めて詩人の話を聞いていた。すると、詩人は、わずかに雲のかかる夜空を仰ぎながら続ける。
「夢を忘れてふんぞり返る奴らへのごますりなんて、俺の本望じゃないんだ!」
そして、ふん、と鼻を鳴らし、酒が揺らぐカップに目を落とす。しばらくの沈黙の後、苦し気に言葉を吐いた。
「しかし、皮肉なもんだが、俺らがこうして食うに困らず音楽の旅ができてるのは、奴らの財布から出たもののおかげなんだよな」
わずかに残った琥珀色の酒をあおった詩人は、乱暴にカップを置いて、テントに入っていく。 随分やさぐれた物言いだったと、音楽家は肩をすくめ、ギターの調律に専念する。ふと、音楽家の脳裏にとあるメロディーがよみがえった。調律したばかりのギターを抱え直して、弦を弾く。
粒のようだった音はみえない糸にとおされ、一纏まりの曲となった。素朴でわずかに光る、おもちゃのブレスレットのような音楽が辺りを穏やかに囲う。
詩人はテントの中で、音楽家のギターの呟きを聴いていた。二人がまだ子どもだった頃に夢中で作った曲のひとつ。やがて、その音色を枕に詩人は寝息をたてるのだった。
(終)
「届かぬ想い」
届かないと思った言葉ほど、案外届いている。
かと思えば、何度伝えても理解されないこともある。
ほんと、説明するのって難しい。
創作 「神様へ」
もう、見慣れた文言。境内に数多く納められた絵馬や、七夕の短冊、祈りの言葉に、祝詞。言語は違えど、神様にお願いしたい気持ちは万国共通なのだろう。
ただ人間たちに、ひとつ言いたい。
「自分、農業の神なんだけど。縁結びとか、病平癒とか勝負ごととか専門外なんだけど!?」
腹の底からの叫び声に、玉砂利の掃除をしていた神主がビクリと肩をはねあげ、社を振り返った。
しかし、人の目には何者も映らない。社の階段でうなだれていた叫び声の主は背後から肩をたたかれた。
「わっ、いつのまに」
「まあまずは、落ち着くにゃん」
「なにもできない訳じゃ、にゃいのでしょう」
賽銭箱の横に、二匹の猫のあやかしが並んで正座をし、お茶を喫していた。
「にゃん、新米のいなりきつねの様子を見に来たら、案の定にゃんね」
「うう、どーしたら良いのでしょう」
新米きつねは、猫のあやかしにすがりつく。
「10月になったら、八百万の神々の会合があるにゃんよ」
「そこで、縁結び成就の講習を受けるのにゃん」
「え、講習?」
新米きつねはきょとんとする。
「そうにゃ。にゃあたちも受けたことあるにゃんね」
「え、どんちゃん騒ぎするんじゃ……」
「にゃっ、勘違いするな。神様は願いを叶える存在にゃんよ。神はにんげんさんの信仰を受けないと、消えてしまうにゃ」
「えぇ……消えるのはいやです」
しょんぼりする新米きつねに猫のあやかしはニコニコと笑いかける。
「大丈夫にゃ。いなりさまは強力な神様にゃ。自信を持って、色々と学んでいくのにゃん」
猫のあやかしたちの助言で、大事なことが見えてきた。
「……自分、がんばります!」
「じゃあ、にゃあたちは帰るにゃん」
「また来るにゃあ」
猫のあやかしたちはとことこと帰ってゆく。入れ違うように一組の夫婦が参拝にやってきた。
「神様へ、来年もまた二人で桜をみられますように。どうぞよろしくお願いいたします」
今の自分にできることは、植物や人間にとって過ごしやすい気候を整えること、あとそれから……。
新米きつねは知恵を絞り、人間の願いを叶えられるように奮闘するのであった。
(終)