創作「明日世界が終わるなら」
もし、明日世界が何らかの理由で終わるとするならば、あなたと一緒に本を読んでいたい。隕石が衝突しようが謎のウィルスが蔓延しようが、あなたの隣で、あなたの背中にもたれて本を読む。
そう言うと、あなたは幸せそうに目を細めた。だけど、あなたのいる世界が終わってしまうのは淋しいから明日も明後日も、あなたの隣で本を読む。
(終)
創作「君と出逢って」
君の薦めで読んでいた小説がボーイズラブばかりであると気づいたのはつい最近のことである。僕はそれとなく、どうして同じジャンルばかりを薦めて来るのか君に尋ねた。
君は言う。僕に嫌われると思って直接「腐女子」であると打ち明けられなかったと。随分甘く見られたものだと僕はショックを受け、しばらく君と目を合わせられなかった。
僕は数日悩み、君が好きそうな一冊を選んで贈った。だけど、君は無理して合わせてくれなくて良いと切なく笑うだけだった。
余計な気づかいだった。モヤモヤしながらまた時が流れる。そして、ある日僕の好きな本を君が本棚から抜いて行くのを見た。堅苦しいと毛嫌いしていたのに、君は穏やかな顔で文字を目で追っている。
僕は嬉しくなって、君の好きな本を手に君の隣に座った。
(終)
創作「耳を澄ますと」
微かな歌声が詩人の耳朶を打った。聞き慣れぬ、低く嗄れた声。音の源は寡黙な音楽家の口であった。赤茶けた岩に腰かけて故郷の古い民謡を試すように歌っている。
詩人は彼に気づかれぬように岩へ凭れた。二人の故郷では音楽が禁じられ、その傷心から彼は声を失っていた。だが、たった二人だけの気ままな旅が彼を癒したのだろう。今では朗々と、旋律へ言葉を乗せていた。
伸びやかなバリトンが、乾いた大地に根を張るが如く彼の口から響き渡る。此れ程までに溌剌とした彼の横顔を詩人は生まれて初めて見たような心地がした。
歌い終わった彼はしばし虚空を眺めた後、振り返って、はっとする。そして照れ笑いと共にテントへと入って行った。
それ以来、音楽家が詩人の前で歌うことはなかった。だが時々、耳を澄ますと聞こえる。音楽家の楽しそうに口遊む声が。
(終)
創作怪談 「二人だけの秘密」
私は戸惑っていた。確かさっき三人で教室を出たはずである。しかし、私と一緒に下校していた二人も困惑の表情を浮かべ教室に立っていた。
割れたガラス窓から夕日が差し込む。私たちの影が長く伸び、後ろの壁でひとつの像を結んだ。巨大なきつねである。目は赤くつり上がり、牙は長く鋭い。そして、鎌のような鉤爪を振りかざし私へ飛びかかってきた。
とっさに避けて、振り返ると、獣は唸りもう一人へと襲いかかっている。私は逃げつつドアを確認した。開かない。廊下の窓は椅子で殴っても割れない。
窓に、床に、四方の壁に、天井に「オワラセロ」という言葉が次々と現れた。机の上に「こっくりさん」用の五十音表と十円玉が落ちて来る。私はそれで全てを察した。三人で攻撃を掻い潜り十円玉に指を置いて、声をそろえる。
「こっくりさん、こっくりさん。ありがとうございました。お離れください」
十円玉は左上に書かれた「はい」の文字へ移動し、鳥居の絵へと帰って行った。とたんに、まぶしい光が放たれる。目を開くと巨大なきつねも「オワラセロ」の文字も消え失せていた。
替わりに一匹の白いきつねが、申し訳なさそうに机の上に座っていた。他の二人は気絶して動かない。
「怖がらせてごめんなさい。急に呼び出されて、社に帰れなくて、自分、びっくりして……その、本当にごめんなさい」
白いきつねはしょんぼりと耳を垂れた。私は首を横にふった。
「私たちこそ、勝手に呼び出してごめんなさい。本当に来てくれてありがとう。きつねさん」
「うん、じゃあ、自分のこと他の人には内緒ね。こっくりさんは、正体を明かしちゃいけないから」
「わかりました。一生秘密にします」
「じゃあ、またいつか。今度はお参りに来てね」
そう言って白いきつねは姿を消したのだった。
後編 (完結)
創作怪談 「優しくしないで」
こっくりさん、こっくりさんあの人の気持ちが知りたいです。
「わぁ、また難しい質問がきたよ」
手軽な降霊術で知られる「こっくりさん」をとある学校の生徒たち三人が行っていた。そこに、新米きつねは遣わされたのだった。
「これ、人間が十円玉から指を離したり、儀式を中断したら問答無用で祟んなきゃなんないでしょ。自分嫌だよそんなの」
人間好きな新米きつねにとって、荷が重い使命。だけど、逃げるわけにもいかない。長々と迷った末に心を決めた。
専用の五十音表の上で新米きつねは十円玉を念力をつかって動かす。「や」、「さ」、「し」、「く」、「し」、「な」、「い」、「で」
「優しくしないで。ふう、こんなもんかな」
三人はどよめく。そして、質問は続く。優しくしないでとはどういうことですか。テストで満点とれますか。学校で一番モテるのは誰ですか。
新米きつねはひとつひとつ丁寧に解答していく。
だが、三人は飽きたらしく「こっくりさん」を中断して帰ってしまった。新米きつねは社に帰れず、ポツリと教室に取り残される。
「は?散々質問しといて、おいてけぼりなんて。自分、全部答えたよね。ねぇ、ねぇってば」
新米きつねは悲しいやら悔しいやら。だんだんと腹が立ってきた。体の奥からどす黒い感情が湧いて来る。なぜ人を祟らないといけないのかこの時、新米きつねは理解した。とたんに 体が大きく、毛並みは荒く、爪も牙も鋭く硬くなる。
「祟ッテヤル」
新米きつねは教室の窓を破り、三人の元へ駆けて行った。
前編 (終)