創作 「雫」
オランダの涙と呼ばれる滴形のガラスがある。
丸い部分をハンマーで叩いても割れない程、丈夫なガラスなのだそう。 ただし、細く伸びる尾を折るとガラスは呆気なく砕けてしまうのだとか。
カチリと蛍光灯がつき俺はのろのろと本から顔を上げた。お菓子と飲み物を抱えた彼女が苦笑いしつつ部室に入って来る。
「ほら、カフェオレとおやつ」
「……ありがとう」
「残念、だったね。小説コンテストの結果」
「うん」
「でも、全国大会に初出品で佳作は凄いことだよ!」
そういう彼女は、文章を書かせればあっさり最優秀賞やら特別賞やらをとってしまう。文章の出来に波がある俺とは、月とスッポンだ。そんな彼女からのありがたい慰めの言葉を、深いため息で吹き飛ばす。
「泣いてるの?」
彼女が心配そうに、俺を覗き込む。俺は顔を見られたくなくて本を顔の前にもってきた。来年こそ、彼女を越える。そう、宣言したい。なのに、涙が止まらず、声にならない。
そのガラスは、俺に似ている。打たれ強いのに、もろい。心の尾を折られた俺は、溢れる悔しさの雫をしばらく止められなかった。
(終)
「何もいらない」
何もいらないことはないよ。だけどね、欲しいものは沢山あったはずなのに、ほとんど忘れてしまったんだ。
「必要か必要じゃないか。欲しいけど今は保留」
そんなことばかりしてたら、欲しいものをパッと思いつけないことが増えちゃった。
たとえ思いついても欲しいものを実現する前に、欲しい理由を考えてしまってね。必要なかったらそのまま忘れてそれきりだ。まあ、もどかしいね。
だからね、自分は何もいらないとしか言い様がないんだよ。
創作 「もしも未来を見れるなら」
友人の家へ着くと彼女は、分厚い文献の頁をめくってはノートを録っていた。床には難しい内容が書き込まれたルーズリーフが沢山散らばっている。
「凄い、これ全部調べたの?」
一枚を拾い上げ、わたしは感心する。コピーされた写真や文章が張り付けてあり、その横に友人の補足情報が丁寧にまとめられているのだった。
「物語の創作は主人公たちの未来を見通す作業だからね、伏線にも説得力を持たせたいの」
わたしは未来を見ずともわかる。友人の創作への情熱は失せることはないと。そして、友人が書くものは必ず「おいしくなる」のだと。
(終)
「無色の世界」
墨の濃淡で描かれた水墨画。
白黒な絵と、台詞と擬音語で構成される漫画。
挿し絵の全くない小説や詩。
モノクロ写真、モノクロの映像。
奥深き、色彩の無い世界。
見る側に空想の余地を与えてくれる。
創作 「桜散る」
いなりさまのおつかいで、田畑の様子を視察していた新米きつねは、 とある老夫婦のもとを訪れた。
二人は水路に溜まった桜の花弁をさらい、田をおこす準備をせっせとおこなっている。おばあさんが作業の手を止めて、畦道に腰をおろした。そして、新米きつねと目が合う。
「おや、白ぎつね。珍しいわぁ」
おじいさんはおばあさんの視線の先をたどり、少し首を傾げた。だがすぐに、にこりと笑って田を耕す。
「今年の米は豊作でしょうなぁ」
おじいさんはそう言い、鍬を振るう手を止めて遠くに目をやる。桜の花弁が風に乗ってはらはらと舞い踊っている。
「そうでしょうねぇ。ありがたいですねぇ」
おばあさんは水筒のお茶を飲み、目を細める。
おじいさんが再び、新米きつねがいる辺りを振り返った。やはり、視線はずれていたが、おばあさんと過ごせる日々への感謝をささやいて、仕事に戻って行く。
「ふふ、嬉しいわぁ」
わたしにしかあなたは見えないのと、おばあさんは新米きつねにこっそり言い、田おこしに戻って行ったのだった。
(終)