谷折ジュゴン

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4/1/2024, 1:39:16 PM

創作 「エイプリルフール」

淡い陽光が注ぐ部屋で僕は目が覚めた。今朝の雨が嘘のように、穏やかな風がレースのカーテンを揺らしている。テーブルに、置き手紙があることに僕は気づいた。

「また来る」

4月1日。エイプリルフール。嘘が有効なのは正午まで。だからあのひとは正午を過ぎても現れない。
おそらくあのひとはもう、この街にも帰ってくることはないのだろう。

部屋の片隅にあるピアノには、あのひとが好きでよく弾いていた楽譜がそのままになっている。 あのひとが目指す街では、かつてのこの街と同じメロディーは流れているのだろうか。寡黙なあのひとは思う存分、音楽を奏でられているのだろうか。

そして、あのひとが追い求める「幻の歌」とやらを聴くことはできるのだろうか。 疑問の答えを知る術はない。ただ、あのひとの道行きを密かに応援するだけだ。

再び手紙に視線を戻すと、呼び鈴が鳴った。僕は深呼吸した後、玄関を出る。

「こんにちは。ここに、この写真の男が来ませんでしたか」

僕は手紙を見せ、あのひとがまたこの家にくると伝える。手紙を信じた彼は、ここで、あのひとを待つと言った。でも、僕は嘘をついた。あのひとが逃げられる時間を稼ぐ為に。音楽を禁じられたこの街から、あのひとがどこまでも逃げて行けるように。
(終)

3/31/2024, 12:06:06 PM

「幸せに」

ハッピーエンドと意味合いが似ている。

幸せに、なる か ならないか

幸せに、したい か したくないか

幸せに、できる か できないか

幸せに、なった か ならなかったか

分岐点はいくつもある。

3/30/2024, 2:08:29 PM

創作 「何気ないふり」

生クリームのように滑らかで、苺とか蜜柑とか梨とか、果物の香りのする小説が読みやすいな。

それに、微かにサイダーみたいな味のする文章も結構好き。

あとは、駄菓子っぽい匂いのとか、おつまみ系みたいにしょっぱい小説見つけたら、かなり嬉しくなるね。

って何気なく言ってたけど、あの日からあまり口にださないようにしてる。なぜって、その日、隣で何気ないふりしてた友人が「何それ、どういう意味なの」って言ってきて気まずかったから。
(終)

3/29/2024, 11:03:30 AM

創作 「ハッピーエンド」

彼女は原稿用紙を机に投げ出し、露骨に不機嫌な顔をした。

「なにこれ、面白くないんだけど」

俺の自信作である小説を、彼女は一読しただけでそう吐き捨てた。

「これ、結構前から温めてたネタなんだが……」

「テーマは問題無い。でも、見せ方がまずい。ずっと幸せそうな場面が続いた後のハッピーエンドは、印象が薄くなる。面白くない」

「じゃあ、バッドエンドにしろと言うことか?」

「それもありだけど、きみはハッピーエンドが書きたいんだよねぇ?」

俺は強くうなずいた。すると彼女は、ニヤリと口角を吊り上げる。

「ハッピーエンドを書きたくば主人公に危機を与えなさい。それも、自分なら絶対に乗り越えられない程のね!」

そうして、彼女は得意気に滔々と語る。

「こうすれば、主人公も成長するし、ハッピーエンドのインパクトも残せるんだ。物語を作りたいなら、読者の情緒を引っ掻き回すぐらいの気持ちで書かなきゃね!」

彼女の熱い助言に、俺は胸をうたれた。そして、今の彼女には後光がさしているようにすら見える。

「ありがとう、確かにそうだ。よーし、俺、もう一度書いてくる」

俺は物語づくりの醍醐味を噛みしめて、新たな原稿用紙に、猛烈な勢いでペンを走らせるのだった。
(終)

3/28/2024, 10:59:10 AM

創作 「見つめられると」

わたくしの存在意義とはいったい何なのでしょう。
唐突に湧いた疑問は、わたくしを不安の中に突き落としたのです。
彼は毎日わたくしの発達を記録していますが、彼はわたくしをどのような思いで見つめているのでしょうか。

「やぁ、『うで』。今日は書けそうかい?」

「マスター、わたくしは実験なんて大キライです」

「そうかい。それは困った。明日は記録を王室に提出しなきゃならないのに」

彼は切なげにわたくしを見つめます。そのちょっと困ったような表情が、わたくしのいたずら心をくすぐりました。

「ところでマスター、顔にインクがついていますよ」

わたくしは右の手袋を外し、彼の頬に触れました。彼のぬくもり、柔らかさ、匂い、味が指先から感覚中枢へと流れ込んで来ます。わたくしはえもいわれぬ喜びに酔いしれて、さっきまでの不安をすっかり忘れていました。
すべすべした彼の肌にゆっくりと手のひらを這わせ、親指で彼の唇を撫でます。もし、わたくしに体があれば、彼を全力で抱きしめていたことでしょう。

「キミはボクに、どうして欲しいのかい?」

「どうもしなくても、こうして触れていられれば、見つめられていれば、わたくしはもう充分なのです」

彼がいる。それだけが、わたくしの存在意義だと気づいたあとは、彼の研究に反抗するなんてことはしません。わたくしにとってのマスターのように、マスターにとっては研究が存在意義なのですから。
(終)

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