谷折ジュゴン

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創作 「エイプリルフール」

淡い陽光が注ぐ部屋で僕は目が覚めた。今朝の雨が嘘のように、穏やかな風がレースのカーテンを揺らしている。テーブルに、置き手紙があることに僕は気づいた。

「また来る」

4月1日。エイプリルフール。嘘が有効なのは正午まで。だからあのひとは正午を過ぎても現れない。
おそらくあのひとはもう、この街にも帰ってくることはないのだろう。

部屋の片隅にあるピアノには、あのひとが好きでよく弾いていた楽譜がそのままになっている。 あのひとが目指す街では、かつてのこの街と同じメロディーは流れているのだろうか。寡黙なあのひとは思う存分、音楽を奏でられているのだろうか。

そして、あのひとが追い求める「幻の歌」とやらを聴くことはできるのだろうか。 疑問の答えを知る術はない。ただ、あのひとの道行きを密かに応援するだけだ。

再び手紙に視線を戻すと、呼び鈴が鳴った。僕は深呼吸した後、玄関を出る。

「こんにちは。ここに、この写真の男が来ませんでしたか」

僕は手紙を見せ、あのひとがまたこの家にくると伝える。手紙を信じた彼は、ここで、あのひとを待つと言った。でも、僕は嘘をついた。あのひとが逃げられる時間を稼ぐ為に。音楽を禁じられたこの街から、あのひとがどこまでも逃げて行けるように。
(終)

4/1/2024, 1:39:16 PM