創作 「My Heart」
谷折ジュゴン
執筆する音が部屋を満たす。ラボ経由で届いていた彼の手紙が、ボクの家へ直接届くようになってから3ヶ月間、ボクはかかさず彼へ返信をするほどに筆まめになっていた。
「前に『ロボットなんかに』と言ってしまったせいで、『うで』が拗ねてしまったのは失敗だった。『うで』は、いつもはできることをできないふりをして、データがうまく録れない日が続いたから、肝が冷えたよ。」
そこまで書いて、一度ペンをおく。ふと、思ったことを口に出す。
「なぁ、キミは最近どんなことを考えているんだい」
「最近は、なぜマスターが研究以外の文書を書いているのだろうと不思議に思っています」
と書かれた紙が机の隅に置かれた。その文の下に、
「そして、なぜマスターはわたくしに手紙を書かせないのでしょうか」
と付け加えられる。
「ボクは心をありのまま、彼へ伝えたいのだよ」
「それは、どういう意味ですか」
「ボクの筆跡で、ボクの言葉選びで、書いた手紙を彼は待っているという意味だ」
「うで」が机に置いた紙を引っ込め、少ししてからまた置いた。
「わかりません。わたくしはあなたの筆跡を真似て書くことだって、あなたの言葉選びを真似ることだってできますよ?」
「それはそうだね。だが、ボクは彼と約束した。絶対にオリジナルなボクの手紙を書くと。だから、ボクはキミにこれを書けとは言わない」
「うで」は所在なげに、ふらふらと動いた後、
「わたくしは、信用されていないのでしょうか?」
と書いてきた。
「ボクはキミを信用している。それ以上に信頼もしているのだ。キミを1個体としてね。だから、ボク個人とキミ自身との線引きはしっかりしておきたいのだよ」
「……わたくし、なんだか安心いたしました。では、失礼いたします」
「うで」は嬉しそうに、元の場所へ移動する。感情表現が豊かになりつつある「うで」のことも、彼へ伝えよう。ボクは、再びペンを持った。
(終)
「ないものねだり」
青年は考える
あの人は努力できる人
あの人は天才な人
あの人は狡猾な人
あの人は愛嬌のある人
あの人は怠惰な人
じゃあ、自分はどんな人?
「好きじゃないのに」
そこにあったから。
するべきことだから。
なんとなく。理由はない。
好きじゃないのに続けるって、
そこまで嫌いじゃないってことなのだろうか。
あるいは無関心ってことだろうか。
言葉は難しい。
「ところにより雨」
雨が降る
本を読む
ちょっと休憩
また歩きだす
創作 「特別な存在」
谷折ジュゴン
彼女がメロンパンをかじろうとして、
「きみは私の特別な存在なのか」
と呟く。
「ほう、またずいぶんなテーマだね」
隣に座る俺はそう返しつつ、おむすびを頬張る。
「逆に私はきみの特別な存在なのか。これらは主観的な価値観であり、目でみて確かめるのは難しい」
「確かに」
「例えば、毎日ステーキを食べる人にとって、ステーキが特別であることを忘れるように、私はきみがいつもそばに居てくれることを特別なことだと忘れてはいないのか?」
「ああ、休日にも一緒に遊ぶもんな」
俺は彼女に飲み物を渡し、次のおむすびに箸を伸ばす。彼女は紙コップを手にもち、こう続ける。
「おそらくだけど、今、目の前を歩いているあのおじさんの目には私達がお花見中の一組のカップルのように映っているのだろう」
「え、嫌だったか?」
「別に。誰かに私達の関係を勘ぐられようと、私達の関係を壊す権利はあのおじさんにはないから」
澄ました顔で言う彼女の上を鳥の影が滑る。次の瞬間、彼女の持っている食べかけのメロンパンを鳥に盗られた。ぴーひょろーと鳴く声に、彼女はきょとんとして、すぐに暗い顔になった。
「……あのトビ、甘党なんだな」
「うん」
「また今度、限定メロンパン一緒に食べような」
「……うん、ありがとう」
しばらくトビの様子を眺めた彼女は、
「慣れないこと考えるもんじゃないね。さぁて食べよ食べよ」
と、悔しそうに笑っておむすびを頬張った。
(終)