創作 「特別な存在」
谷折ジュゴン
彼女がメロンパンをかじろうとして、
「きみは私の特別な存在なのか」
と呟く。
「ほう、またずいぶんなテーマだね」
隣に座る俺はそう返しつつ、おむすびを頬張る。
「逆に私はきみの特別な存在なのか。これらは主観的な価値観であり、目でみて確かめるのは難しい」
「確かに」
「例えば、毎日ステーキを食べる人にとって、ステーキが特別であることを忘れるように、私はきみがいつもそばに居てくれることを特別なことだと忘れてはいないのか?」
「ああ、休日にも一緒に遊ぶもんな」
俺は彼女に飲み物を渡し、次のおむすびに箸を伸ばす。彼女は紙コップを手にもち、こう続ける。
「おそらくだけど、今、目の前を歩いているあのおじさんの目には私達がお花見中の一組のカップルのように映っているのだろう」
「え、嫌だったか?」
「別に。誰かに私達の関係を勘ぐられようと、私達の関係を壊す権利はあのおじさんにはないから」
澄ました顔で言う彼女の上を鳥の影が滑る。次の瞬間、彼女の持っている食べかけのメロンパンを鳥に盗られた。ぴーひょろーと鳴く声に、彼女はきょとんとして、すぐに暗い顔になった。
「……あのトビ、甘党なんだな」
「うん」
「また今度、限定メロンパン一緒に食べような」
「……うん、ありがとう」
しばらくトビの様子を眺めた彼女は、
「慣れないこと考えるもんじゃないね。さぁて食べよ食べよ」
と、悔しそうに笑っておむすびを頬張った。
(終)
3/23/2024, 11:27:58 AM