「ところにより雨」
雨が降る
本を読む
ちょっと休憩
また歩きだす
創作 「特別な存在」
谷折ジュゴン
彼女がメロンパンをかじろうとして、
「きみは私の特別な存在なのか」
と呟く。
「ほう、またずいぶんなテーマだね」
隣に座る俺はそう返しつつ、おむすびを頬張る。
「逆に私はきみの特別な存在なのか。これらは主観的な価値観であり、目でみて確かめるのは難しい」
「確かに」
「例えば、毎日ステーキを食べる人にとって、ステーキが特別であることを忘れるように、私はきみがいつもそばに居てくれることを特別なことだと忘れてはいないのか?」
「ああ、休日にも一緒に遊ぶもんな」
俺は彼女に飲み物を渡し、次のおむすびに箸を伸ばす。彼女は紙コップを手にもち、こう続ける。
「おそらくだけど、今、目の前を歩いているあのおじさんの目には私達がお花見中の一組のカップルのように映っているのだろう」
「え、嫌だったか?」
「別に。誰かに私達の関係を勘ぐられようと、私達の関係を壊す権利はあのおじさんにはないから」
澄ました顔で言う彼女の上を鳥の影が滑る。次の瞬間、彼女の持っている食べかけのメロンパンを鳥に盗られた。ぴーひょろーと鳴く声に、彼女はきょとんとして、すぐに暗い顔になった。
「……あのトビ、甘党なんだな」
「うん」
「また今度、限定メロンパン一緒に食べような」
「……うん、ありがとう」
しばらくトビの様子を眺めた彼女は、
「慣れないこと考えるもんじゃないね。さぁて食べよ食べよ」
と、悔しそうに笑っておむすびを頬張った。
(終)
創作 「バカみたい」
谷折ジュゴン
「バカみたいってさ、少なくとも自分はバカではないと思ってる人が言うセリフだよね」
書きかけの原稿用紙をシャープペンで打ちながらそう言った彼女は、俺に目を向けた。
「どうしたの、いきなり」
「えぇ?だってさ本来の自分は賢いから、こんなふうにバカな真似もできるんだぞーって自分に酔ってる感じじゃん。なんか、腹が立つ」
彼女は口を尖らせ窓の外を見る。
「いや、だからどうした」
「バカみたいって言える女になりたい」
「新作のセリフ……かな?」
「はぁ、きみはバカみたいとバカ野郎、どっちが傷つく?」
彼女が苛立った声で尋ねる。
「正直、どっちも嫌かな」
苦笑いしつつ答えると彼女は満足そうに微笑み、原稿の続きを書き始める。
「このつかい方ならバカみたいの方が少し救いがあるね。だって、相手は賢くはないけどバカじゃないから」
「要は平凡ってこと?」
「そ。ってことできみは傷つくことはない」
「なんか、妙なこと言うね」
「それはどっちの意味?」
「良い意味」
彼女は得意そうにシャープペンをカチカチとならした。
「私ばっかり見てないで、早く課題仕上げなよ?」
「はい」
ある日の部室での 一幕であった。
(終)
「二人ぼっち」
荒廃した平野を二人の旅人が歩いている。
一人は気ままな詩人で、もう一人は寡黙な音楽家である。聞き役は枯れ木と獰猛な野鳥だけ。砂煙の道を二人の音色が満たしていく。
ひたすら赤茶色な景色の先に詩人が青色をみつけた。海である。潮の香りの空気を世にも美しい歌が震わせている。海の上空には鮮やかな摩天楼が浮かんでいた。
我慢できないというように、音楽家がギターを奏でる。だが、歌は止まり摩天楼も失せた。
所詮は幻。二人はまた、二人だけの音楽を響かせ始めた。
(終)
「夢が醒める前に」
深い海の底で一匹の二枚貝がくちずさむ。
貝の歌はしだいに線を描き、色に染まった。
やがて、鮮やかに摩天楼を浮かび上がらせる。
幾層もの海水を越え貝の歌は空に広がる。
静かなうねりを保ち貝の歌は万物を彩る。
ぱちんと泡が弾けて貝の歌は止まる。
空に広がる摩天楼はゆらりと失せた。
(終)