なんて気分のいい朝だろう
この季節にしては、寒くない目覚め
私はワクワクした気持ちで布団を出た
今日は休日
特に大きな予定は入れていない
家の中で気ままに過ごすつもりだ
けど、別にそれが楽しみなわけじゃない
いや、マイペースな一日は楽しみだ
楽しみではあるものの、それを超えるほど楽しみなことが朝にある
こんなこと、そうそうできない
でも今日はやる
とてつもなく贅沢なことをやる
今までやったことがないような、リッチ体験!
今日は紛うこと無き、祭りの日!
今日決行するぞと決めた日から、待ち遠しかった……!
その心理的に長い日々も終わり
そうです
そうなんです!
いよいよ始まってしまうんです!
こんな素晴らしいことがあっていいのか
いいに決まってる!
なぜなら頑張ったから!
大変なことを乗り越えたから!
頑張った人間にはご褒美が絶対に必要
それでまた頑張ろうと思える
そう、今日は霜降る朝
朝っぱらから!
A5ランク牛の、霜降り肉ステーキを食べるんだー!
ヒャッホー!
怒りの感情を持ったとて
それを即座に外へ解放してしまうのは、絶対に避けるべきだ
まずは深呼吸
体の深呼吸とともに、心の深呼吸も行う
そうすることで怒りの感情を落ち着かせ、冷静な判断ができるようになる
その場の勢いやノリで行動してしまうとあとで激しく後悔するし、自分自身を傷つける結果になるだろう
アンガーマネジメントとは、人からいつもの冷静さを奪い去る怒りの爆発を、様々な方法で鎮めるとても便利な手段なのだ
怒鳴り散らさずに済む
罵倒せずに済む
拳を振り上げずに済む
相手の掌で転がされずに済む
冷静さを取り戻すことで開かれる道があるはずだ
自分の中の燃えたぎる怒りを感じたのなら、心の深呼吸をしてやり過ごそう
間違っても、怒りの流れに飲み込まれてはいけない
自分を守りたいのなら、怒りから一旦離れよう
それが円滑に物事を進める秘訣のはずだ
……それはそうと、きのこ派を見下すようなたけのこ派は即座に怒りの鉄拳も許されるよね?
え?
たけのこ派も同じことを言ってたって?
よし、戦争だ
ある説がある
この世界はかつて、異なる存在が住んでおり、その存在は高度な文明を置き去りにして、どこかへ旅立ってしまったのではないかと
その説を証明するように、我々の今の文明では実現できない構造の建造物がこの世には多く残されていた
そしてこの説を支持する人々は、我々は別の場所から、原住民が消えたあとにやって来た存在なのではないか
そう考えている
そうなると、我々はどこから来たのだろうという話にもなるだろう
さて
私は今、古代文明の建物の中にいる
何が起きたのかはよくわからないが、建物に触れた途端、「おかえりなさい、マスター」などとアナウンスが聞こえ、気づいたら中へ吸い込まれていた
私はマスターなどと呼ばれる筋合いはない
と思ったが、もしかしたら私の先祖がここの建造物のマスターなのかもしれない
だとするならば、別の存在が去ったあとの世界という説は否定されるのではないか?
私はその説を推していたわけではないが
中はよくわからない機械やモニターに囲まれていた
目の前の、ひときわ大きいモニターが光る
映ったのは……私?
モニターの中の私が喋り始めた
「まず最初に、ここは古代文明の遺跡ではない
それどころか、過去に作られた建造物ですらない
未来からタイムスリップした、というのが近いが、正確じゃないな」
モニターの私はよくわからないことを言っている
そもそも、あの私はなんなのだ?
私そっくりな先祖か何かか?
「この建物は、時空連結及び不可逆推進現象体
通称、時を繋ぐ糸が破損したことにより出現したものだ」
なんだか難しい言葉が出てきたぞ
「要は、時間同士を結び、時が正しく進むように働きかける存在、と考えてくれ
それを糸に例えたのだ
そして、それが何らかの要因で壊れた、という話だな」
壊れると、どうなるんだ?
時が止まりでもするのか?
しかし、私の世界は時間が経過しているぞ
「時を繋ぐ糸が壊れると、あらゆる時系列がめちゃくちゃになる
この建物は本来、平暦3000年頃にできたものだ
それが、これを記録している時は1997年にあり、私は3280年にマスターとなった人間で、建物の外観は建造当初の状態だが中身は3282年になっている」
頭がこんがらがってきたな
つまり、3000年の建物に、3280年の中身と人が入っていて、建物自体は映像の中では1997年に存在していたと
だが、この建物はそれより前からあったはずだぞ
「現在の私……つまり君は、唯一時を繋ぐ糸が機能している500年間の時代にいるはず
おそらく、その時代の異物として認識され、記憶を時を繋ぐ糸に改ざんされた上で、その時代を生きる普通の人間として暮らしていることだろう
建物も同様
謎の建造物として最初からあったかのような扱いを受けていると思う」
映像の私は本当に私だったのか?
そして、私が別の時代の人間?
「この建物が私ごと同じ時代にいっぺんに飛ばされたのは幸運だな
まあ、私も建物の中身も、そういう作りになっているからな
正直、私のように時を超越するシステムを脳内に構築した人間以外は、見た目も中身も時系列がバラバラで、たとえば友人の神田は1月6日の神田から次の瞬間には5月16日の神田になって頭がおかしくなりそうだった
しかも、歴史上の人物が迷い込むし、その逆も然りだ」
今の私も頭がおかしくなりそうだが
「ともかく、これを見ている私は難しいことは考えなくていい
このモニターの下の台にある手形に、私の右手を押し付けるんだ
そうすることで、私が記憶を改ざんされるギリギリで完成させたはずの、時を繋ぐ糸修正装置が発動する
間に合ってなかったら、すまない、諦めてくれ
なにせ、これを記録している最中も鋭意制作中なのだ
もし動くようなら、発動して私を取り戻してくれ
任せたぞ」
私は正直理解できなかったが、私より賢そうな過去の?私がやれと言ったのだから、やったほうがいいのだろう
迷わず手形に右手を置いた
次の瞬間、何かが繋がるような感覚が体、心を包み込み私は、元の私になった
これで、すべての存在が正しい時代へ戻り、正しく時を刻んでいくはずだ
あの時代も名残惜しくはあるが、私は元の時代に戻らねばならない
私は異物なので、あの時代からは忘れ去られるだろうな
だが、それが正しいことなのだ
私は、自分の時代を精一杯生きよう
落ち葉の道だ
落ち葉の道は滑りやすいぞ
滑る?
お笑い芸人を目指す俺は、こんなところで滑るわけにはいかない
縁起が悪すぎる
けど、わざわざそのために道を変えるというのはどうなんだろう
自分の道を変えるようで、それはそれで縁起が悪いんじゃないか
夢を叶えるためには、滑ることも恐れずに自分の道を突き進む
そのほうがいいかもしれない
いや、逆だ
滑らずして、滑りを経験しなくてなにがお笑い芸人か
これはお笑い芸人を目指すに相応しいか、試されているんだ!
さあ行こう!
落ち葉の道で滑ってオチをつける!
…………
チクショー!
滑らねえじゃねえか!
普通に歩けたよ!
「すまない、僕が悪かった
もうこんなバカな真似はしないよ
だから、君が隠した鍵を出してくれ
車を出せないと君との約束を果たせない」
うっかりダブルブッキングした上、あろうことか私との予定を切ろうとした彼がようやく折れた
最初からそうしていれば、こんなことにはならなかったのに
まあでも、予定通り一緒に遠出するのだから、水に流してやろう
これから出発するのに険悪なままではいたくないからね
さあ、彼と楽しく出かけるぞ!
と、言いたいところだけど
実のところ、私は相当に焦っていた
なぜかって?
車の鍵をどこへ隠したか、怒りに任せた行動だったために全く記憶にないから
素直にそう言えばいいのだけど、なんとなく、この流れでそれを告げるのは……気まずい
なので、私は記憶を掘り起こすための時間稼ぎをする
「本当に、二度とこんなことしないでよ?」
「もちろん!
自分でもどうかしてたと思うよ」
「じゃあ、どんな感じで動物園を回るか相談しよう」
「え?
今から?」
あ、ヤバい
不審がられた
「あの、特に決めずにって話じゃなかったっけ?
というか、今まさに出かけるのでは?」
「え、えーと
時間が過ぎちゃったから、効率的に回りたいなって」
「な、なるほど?
それじゃあちょっと公式サイトを調べようか」
なんとか話を繋げられた
頭をフル回転させろ私!
鍵はどこだ!?
「たしか、前にキリンの首が長い奇妙さがとても好きだって言ってたよね?
そこを押さえるのなら、こういうルートがいいと思う」
「そ、そうだね
キリンは見たいし、このルートなら短い時間で充実しそう」
思い出せねー!
なんか怒りに任せてどこかに投げた気もするし、普通にわかりづらいところに隠した気もする
どっちにしろ怒りで興奮しすぎて記憶がおぼろげ!
「じゃあ、それで行こうか
そろそろ鍵を出してくれるかい?」
「ええと……」
ヤバいヤバいヤバいヤバいヤバい!
早くもごまかすネタが尽きた!
そもそもこれ以上時間かけるのはあまりにも不自然!
どうすればいいの!?
「あの、もしかして、鍵失くした?」
ゲェッ!
「い、いや、あるよ!?
あるある!」
「……失くしたんだね……」
彼の言葉は質問ではなく断定だった
バレバレじゃん
「ごめん……」
「別にいいよ
もとはと言えば僕が原因だから
それに、だいたいどこにあるか、検討はつくし」
え?
最初から隠し場所バレてたの?
本人ですら覚えてないのに?
本当かな?
「ここじゃないかな」
彼は私がホワイトデーに彼から貰ったチョコレートの缶を開けた
ある
鍵がある
「大事なものを一時的に置いておく時ってたいていここだよね
習慣付きすぎて自然な流れで入れたから、覚えてなかったのかもね」
よ、よかった
あった
それにしてもこの人は私のそういう細かいところとか、よくわかってるなぁ
なんか、水に流すと言いつつちょっと残ってた怒りとかも、今度こそ流れた気がする
「それじゃあ、本当に、今度こそ行こう」
「うん、一緒に思いっきり楽しむもう!」
「そうだね」
こうして、無事に私たちは出発できたのだった
……隠すにしても、もう少し冷静になってやるべきだったよね