ある説がある
この世界はかつて、異なる存在が住んでおり、その存在は高度な文明を置き去りにして、どこかへ旅立ってしまったのではないかと
その説を証明するように、我々の今の文明では実現できない構造の建造物がこの世には多く残されていた
そしてこの説を支持する人々は、我々は別の場所から、原住民が消えたあとにやって来た存在なのではないか
そう考えている
そうなると、我々はどこから来たのだろうという話にもなるだろう
さて
私は今、古代文明の建物の中にいる
何が起きたのかはよくわからないが、建物に触れた途端、「おかえりなさい、マスター」などとアナウンスが聞こえ、気づいたら中へ吸い込まれていた
私はマスターなどと呼ばれる筋合いはない
と思ったが、もしかしたら私の先祖がここの建造物のマスターなのかもしれない
だとするならば、別の存在が去ったあとの世界という説は否定されるのではないか?
私はその説を推していたわけではないが
中はよくわからない機械やモニターに囲まれていた
目の前の、ひときわ大きいモニターが光る
映ったのは……私?
モニターの中の私が喋り始めた
「まず最初に、ここは古代文明の遺跡ではない
それどころか、過去に作られた建造物ですらない
未来からタイムスリップした、というのが近いが、正確じゃないな」
モニターの私はよくわからないことを言っている
そもそも、あの私はなんなのだ?
私そっくりな先祖か何かか?
「この建物は、時空連結及び不可逆推進現象体
通称、時を繋ぐ糸が破損したことにより出現したものだ」
なんだか難しい言葉が出てきたぞ
「要は、時間同士を結び、時が正しく進むように働きかける存在、と考えてくれ
それを糸に例えたのだ
そして、それが何らかの要因で壊れた、という話だな」
壊れると、どうなるんだ?
時が止まりでもするのか?
しかし、私の世界は時間が経過しているぞ
「時を繋ぐ糸が壊れると、あらゆる時系列がめちゃくちゃになる
この建物は本来、平暦3000年頃にできたものだ
それが、これを記録している時は1997年にあり、私は3280年にマスターとなった人間で、建物の外観は建造当初の状態だが中身は3282年になっている」
頭がこんがらがってきたな
つまり、3000年の建物に、3280年の中身と人が入っていて、建物自体は映像の中では1997年に存在していたと
だが、この建物はそれより前からあったはずだぞ
「現在の私……つまり君は、唯一時を繋ぐ糸が機能している500年間の時代にいるはず
おそらく、その時代の異物として認識され、記憶を時を繋ぐ糸に改ざんされた上で、その時代を生きる普通の人間として暮らしていることだろう
建物も同様
謎の建造物として最初からあったかのような扱いを受けていると思う」
映像の私は本当に私だったのか?
そして、私が別の時代の人間?
「この建物が私ごと同じ時代にいっぺんに飛ばされたのは幸運だな
まあ、私も建物の中身も、そういう作りになっているからな
正直、私のように時を超越するシステムを脳内に構築した人間以外は、見た目も中身も時系列がバラバラで、たとえば友人の神田は1月6日の神田から次の瞬間には5月16日の神田になって頭がおかしくなりそうだった
しかも、歴史上の人物が迷い込むし、その逆も然りだ」
今の私も頭がおかしくなりそうだが
「ともかく、これを見ている私は難しいことは考えなくていい
このモニターの下の台にある手形に、私の右手を押し付けるんだ
そうすることで、私が記憶を改ざんされるギリギリで完成させたはずの、時を繋ぐ糸修正装置が発動する
間に合ってなかったら、すまない、諦めてくれ
なにせ、これを記録している最中も鋭意制作中なのだ
もし動くようなら、発動して私を取り戻してくれ
任せたぞ」
私は正直理解できなかったが、私より賢そうな過去の?私がやれと言ったのだから、やったほうがいいのだろう
迷わず手形に右手を置いた
次の瞬間、何かが繋がるような感覚が体、心を包み込み私は、元の私になった
これで、すべての存在が正しい時代へ戻り、正しく時を刻んでいくはずだ
あの時代も名残惜しくはあるが、私は元の時代に戻らねばならない
私は異物なので、あの時代からは忘れ去られるだろうな
だが、それが正しいことなのだ
私は、自分の時代を精一杯生きよう
11/26/2025, 12:44:24 PM