俺はどれだけの時間を魔王討伐を目指すために費やしたのだろう
冒険者の中でも最も魔王討伐に近い男として有力視され、数々の武功も打ち立ててきた
みんなに期待されながら、これが世のため人のためになるならと頑張る日々
賞賛の声は確かに気持ちいい
しかし、そのために失った時間は……自分のために使うはずだった時間はあまりに長い
きっかけはちょっとしたことだったと思う
ふと立ち止まって自分を見つめ直した時、俺は俺自身の生活を犠牲にしてきたのではないかという考えが浮かんだ
一度その考えが頭に浮かんでしまえば、疑問は加速する
なぜこんなことをしなければならない?
世界を救ったとて、俺の時間は返ってこないんじゃないか?
魔王軍との戦いで俺は何を得られる?
考えれば考えるほど、俺は冒険者をやめたくなった
俺は自分の時間を棒に振ってまで、世界を救いたくはなかったのだ
俺抜きだと、より時間はかかるだろう
しかし、人間側が優勢な今、俺がわざわざ出向く必要はない
誰かが討伐してくれるはずだ
こうして俺は、冒険者を電撃引退
自分の人生を生きる決断をした
忙しくない職に就き、自分の時間を作ることに成功する
その後しばらくして俺は、とあるアイドル吟遊詩人グループを知り、ファンになった
他のファンとも知り合って交流を深め、優しい先輩ファンから様々なことを教わったりする充実した日々
そして、念願の初ライブへ行くことになった
間近で見ると感動で倒れそうなので、ちょっと遠いA席を取った
魔法封音円盤(音楽が入った円盤だ)で聴いた時より迫力があり、生歌生演奏、パフォーマンスもよくて心の熱が上がっていく
そんな中、ふと普通じゃない気配を感じ、気配のする方を見ると……変装した魔王がいた
は!?
魔王!?
しかも、ライブグッズの服まで着てる
なんだこいつ、ファンにまぎれてことを起こすつもりか?
させるか
メンバーやファンを守りたいが、下手に騒ぎを起こしてライブを台無しにするわけにもいかない
怪しい動きを見せたら即、仕留めてやる
……結局、魔王は何もしなかった
いや、正確にはコール・アンド・レスポンスでレスポンスしたり、歓声を上げたり、ノリノリで拍手したりしていた
なにやってんのこいつ?
ファンか?
ファンだというのか?
俺はこっそり魔王をつけて、ほどよいところで姿を現し問い詰めることにした
「私を尾行しているようだが、最初からバレバレだぞ」
さすが魔王
俺の尾行はとっくに失敗していたらしいな
「さて、お前の目的はわかる
私がなぜライブ会場にいたのか、聞きたい
そうだろう?」
「ああ、その通りだよ
正直、お前のライブ会場での姿は、純粋に楽しんでいるように見えた
だとするとお前は、本当にファンなのか?」
俺の質問に対し、魔王は複雑そうな顔をした
「ファンだ
そして、私がファンであることが我々の戦いの原因だ」
ん?
急に何を言い出すんだ?
話が超展開すぎないか?
なんで魔王がファンだと戦いが起きる?
「あれは5年前
我々魔族は彼女たちの所属する事務所に手紙を送った
魔族にも、私を始めファンは多い
もしよければ、魔族領でライブをしてくれないか、とな」
たしかに、魔族領でそういった催し物を人間がやることは稀だから、魔族のファンがいるのなら、ライブを見に行けず寂しい思いをする者もいるだろう
自然な頼みだ
「そしたら、生贄によこせと言ったと勘違いされた
それが戦いの原因だ
ちなみに、お互い死者が出ていないのは我々が人間より強くてかつ死なないように加減しているからだ
我々がその気になれば冒険者は片手でも蹴散らせる」
衝撃の事実!
そんなくだらん勘違いで戦い起こったの!?
しかも魔族は被害者なのに手加減してくれたの!?
いや、人間のアイドル吟遊詩人のファンだからこそ、人間を殺して、彼女たちを悲しませるような真似はできなかったということか
冒険者の中にも、ファンはいるだろうし
しかし、それが事実なら……
魔王討伐に一番近いとされた俺の知名度が役に立つかもしれない
引退したとはいえ、俺の言葉なら説得力はあるはずだ
「魔王……いや、同志よ
俺が魔族へ行った数々の行いは詫びよう
本当にすまなかった
だが、俺にはもう魔族への敵意はない
今はお前のことを愛おしくすら思う
……同じファンとして、彼女たちのためにも
そして、同志である人間および魔族の全ファンのためにも
俺とお前でこの戦いを終わらせよう!」
「……!
わかった
私の持てるすべての力を以てして、お前と共に魔族への誤解を解く
そして、ライブ開催の夢を叶えよう
だから私からも頼む、力を貸してくれ!」
「ああ!
俺たちならできる!
なぜなら、こんなにも彼女たちへ情熱を傾けられるのだから!」
こうして俺たちは、他のファンも巻き込んで、行動を開始
みんな、種族など関係ないと新たな同志のために尽力してくれた
この流れに事務所も乗っかり、最終的に国をも動かして大規模な活動の数々が展開され、魔族への誤解が解消されていく
その後、人類領、魔族領でツアーが組まれ、このツアーは大盛況のうちに終わり、伝説となった
小さな誤解から始まった争いは、大きな輪によって終息したのだ
俺が魔王討伐を目指していた時期があったから、この奇跡のきっかけを作れた
俺が手放した時間は、決して無駄などではなかったのだと、今なら思える
ようこそ、我が探偵事務所へ
先に言っておこう、我輩は吸血鬼だ
ああ、恐れることはない
我輩は人間社会で堂々と暮らしているし、日々の食事は動物の血を吸っている
人を襲うことはない
人間が鶏肉や豚肉を食べるようなものだと思ってもらえば、わかりやすいと思う
ま、我輩に吸血されたとて、健康な人間は少量ならなんの問題もないし、大量に吸われるのが危ないのは、単純に大量だからだ
君が吸血鬼になるとか、変な病気になるとか、そういったことは一切ない
吸血鬼の体は無菌でウイルスも無く清潔だから、噛まれた際になにかに感染することもないのだ、実はな
そんな感じだから、安心してくれたまえ
さて、本題に入ろう
我輩は普通の吸血鬼にはない能力がある
紅の記憶というもので、血を吸った相手の記憶を読み取ることができるのだ
読み取れる記憶は、血を吸う相手がその時に思い出している記憶
我輩の能力自体は事前にある程度知っていたのだろう?
まさか我輩が吸血鬼で、血を吸うとは思わなかったと思うが
さて、君にとっては辛いかもしれないな
事件当時の現場を見た時のことを思い出さねばならないのだから
だがここへ来たということは、決心したということだね
さあ、心の準備はできたかね?
ではできるだけ強く、記憶を念じるのだ
少しチクっとするが、我慢してくれたまえよ
……
よし、頑張ったな
……うむ、視えた
では、これから調査を始めよう
叶わない夢の何たる多いことか
この世は儚いものですな
私の夢もたくさんあったのに、熱心に叶えようとしたものはひとっつも叶わなかったっすよ
なのに力を入れてない、正直叶おうがどうしようがどっちでもいいような2軍3軍の夢は容易く叶うのだからやってられんですよね
そして叶わずとも諦めきれないのが人間ってもんでね
もういっそ、すべての夢の断片だけでもかき集めて、ツギハギの夢を作って叶えてやろうと思ったわけですはい
たしかに叶えたかった夢とは違いますよ?
違いますけど、そうでもしないと悔しさでどうにかなっちゃいそうなマインドでしたよ
なので、これが新たな夢になったらいいな、なんて希望を無理やり見出しましてね
それで行動開始した、と
これがまた今までにない感覚でして
やたら面白くてしかたないんです
しかも、前進している感覚がわいてくるわいてくる
難題に直面しても、打破してやるっていうね、そういう意志も前より強まるし
明らかにすべてが違っていて、伝わるかわからないけど心が輝いてる、みたいな?
そんなふうに感じましたよ
で、何がなんでも叶えてやるって気持ちが強まり放題強まった結果、自分でも驚くくらいすんごいテキパキと課題を達成していきまして
ついには叶っちゃいましたよね
今でもわからないんですよ
あの時の私はなんだったのか
もしかしたら、叶わなかった夢たち全てが、私に力を貸してくれたのかもしれないですねえ
今度こそ夢を叶えろよってね
ロマンチックなこと言っちゃいましたよハハハ
まあ、そんななんで、私の夢の叶え方はなんの参考にもなりませんけれども、叶わぬ夢あれば叶う夢もある、ということで
まあ、でもたぶん、夢を叶えるのに確立された方法なんてものはひとつも無いってことなんじゃないっすか?
参考になるような、夢を叶えた方法なんてものは無いと思いますよ、私は
私には複数の未来が見える
選択によって変化する未来だ
しかし、なぜか見えない未来というものがある
選択肢は私の頭の中に提示されている
しかし、その先の未来は見えない
どうなるのか、全くわからないのだ
私はこれまで、安全な、もしくは希望通りの未来を選び生きてきた
そうすれば、絶望的な状況や不都合が起きることはないのだから
しかし、これを人生でずっと続けると退屈になってくる
安全と引き換えに刺激がないのだ
なぜなら、結果はわかりきっているから
なので、思い切って見えない未来へ進んでみることにした
怖さはもちろんある
他は見えるのにそれだけ見えない、という不気味さもあるし、そもそもどんな未来になるかわからないこと自体、見える未来を選んできた私にとっては恐れを生む
それでも、私はこのままではいけないという思いと、人生をもっと刺激的なものにしたいという願望が勝り、見えない未来へ続く選択肢を選んだ
さあ、どうなる?
その選択肢による変化はすぐに現れた
世界は、私のちょっとした行動をきっかけとして、凄まじい速度で科学技術が進歩し始めたのだ
たったの10年で現代社会はまるでSF世界のようになっていた
サイボーグなど、そのへんを普通に歩いている
健康寿命も平均150だし、老いる速度も遅くなるどころか、20代で肉体の変化がストップ
他の選択肢の未来では相変わらず現代社会だったにもかかわらず、この変わりよう
もしかしたら、と私はある考えがよぎった
この未来は、本来なら絶対起こさないような行動によって発生する隠しルートなのではないかと
そして気づく
私は未来が見えなくなっていた
きっと、隠しルートへ進んだ代償なのだろう
だが構わない
今の私は、刺激的な毎日を送れているのだから
先のわからない人生とは、これほど面白いものだったのだと知ることができた
私はそれで満足だ
ああ、吹き抜ける風が気持ちいい
しかし、そのせいで俺の気分は最悪だ
俺は元冒険者で、伝説の戦鬼と呼ばれた男
今は引退しちまってるが、腕は鈍っちゃいねえ
引退の理由は、危険な仕事を離れて気ままに過ごしたかったからだ
今は薬草などから薬なんかを作って売っている
かなり好評なんだぜ?
そんな俺だが、腕試しのため実力者がたまに自宅を訪れる
大抵は冒険者で、今の所全勝
戦ったあとは、アドバイスなんかをしてやったりして、喜ばれてるな
俺もせっかく鍛えた技を腐らせるのももったいないし、後進の役に立つなら面倒ってことはない
しかしなぁ
いくらなんでも、破壊の閃光アイシリウスが来るとは思わねえ
びっくりしたよ
なんせ奴は氷結の魔窟に棲む超強力なボスモンスターだからだ
ボスモンスターとは、討伐されてもしばらく期間をおくと復活する、その地の主
アイシリウスは比較的安全な、狼のようなモンスターで知能も高く、戯れに殺意ゼロで冒険者の相手をしては、自分に勝った者に毛皮を与えて死に、その後復活する、というのを繰り返している
「ただ、最近は冒険者が強くて、全然勝ててないんですよ
このままじゃ、ボスモンスターの威厳ってのが消え失せてしまいそうで……」
うちに来たアイシリウスはそう言って、俺に対人戦の稽古を依頼してきた
珍しい客だったが、俺がやることに変わりはねえ
「ちょうど、人以外とも一戦交えてみたかったし、いいぜ
相手してやる」
二つ返事で引き受けた
俺も、久々のボスモンスター相手で浮かれていたんだろうな
本来なら複数名で挑む相手であるアイシリウスはなかなか手強く、こりゃあ手は抜けねえな、なんて思いながら、強敵との戦いが楽しくなっちまった
結果、避けりゃいいのにアイシリウスの二つ名の由来であるアイスビームを真っ向から挑んで跳ね返し、逸れた先の自宅をぶち抜いて風穴が開いたわけだ
家具も、仕込んでいた薬も、作業場も何もかもが台無しだチクショー
アイシリウスは申し訳なさそうにしているが、これは完全に俺のやらかしなので気に病むことはない
「とりあえず、お前の戦い方についての話をしよう」
「あの、家の方はいいんですか?」
「よくはねえけど、今は現実から目を背けなきゃ発狂しそうでな」
「す、すいません」
「だからお前は悪くねえって
俺の自業自得さ
それより、さっきの戦いでお前の癖みたいなのがわかってな……」
俺はアドバイスしながらも、やはり家のことが頭から離れず、ショックを和らげるためにずっと、建て直す金はある、建て直す金はある、と自分に言い聞かせていた
アイシリウスを帰したあと、俺は吹き抜ける風を浴びながら、沈んだ心で取るべき行動を整理するのだった
最悪すぎるぜ、クソッタレ
調子に乗った代償が自宅破壊かよ