世の中には、隠された真実がいくつもある
なぜ隠されてしまったのか?
その理由は様々だが、私はそのうちのひとつを暴こうとしている
私の師である学者が、長年研究していたものだ
師は、この研究をどういうわけか封印し、その後失踪してしまった
おそらく、それだけ恐ろしい結果が待ち受けていたのだろう
私はそう考えた
本来であれば、そんな研究は封印したまま放置すべきだったのかもしれない
だが私は好奇心を抑えられなかった
なんとしてもこの研究を完了させ、その先にある真実を解き明かしてみたい
その思いだけで、私は突き進んだ
だが、途中からこの研究の恐ろしさを知った
多くの人間にはこの内容は理解できないだろう
だが、師によって学んできた私には理解できてしまう
封印したのも頷けると納得した
しかし、私は止まれなかった
恐怖よりも好奇心がどうしても勝ってしまう
私は自分でも病的だと思うほどに、研究にのめり込んでいった
その途中で私は気づいた
師はすでに研究を完了させていたのだと
研究を完成させたことにより、失踪するに至ったのだ
この研究を改めて完了させれば、おそらくは私も……
失踪後何が待ち受けているのか
おぼろげながらなんとなくその正体を掴んだそれに気づいた時、私はそれまでの人生で一番興奮した
師は封印したのではない
研究の成果を残せなかったのだ
この研究は、途中から痕跡を残すことができなくなる
なぜなら、自分の頭の中でしか進められなくなるからだ
何を言っているのかわからないことだろう
しかし、このステージに来なければ、到底理解できないことなのだ
これを言葉で説明するなどということは不可能だろう
ただひとつ、言えることがあるとすれば
この真実は、決して悪いものではない、ということだけだ
最初に感じたような、恐ろしいものでは断じてない
いずれきっと、全人類が理解することになる
私が今から辿りつく答えが、なんなのかを
私はひと足先に、進ませてもらおう
時が来て、また会えるのを楽しみにしている
「これでうちの研究者で失踪したのは二人目ですか」
「ああ
捜索活動は続いているが、見つからないらしい
しかし、こんな意味のわからない文書を残すとは……」
「真実というのに辿りついて、消えてしまったんでしょうか?」
「こんなもん本気にするなって
ここ最近のあいつはおかしかった
虚ろな表情でいつもブツブツ言ってたし
研究にのめり込みすぎたんだろう
それで、精神的に自分を追い込んじまったんだ
この怪文書も、失踪もその結果さ」
「なんでそこまで追い込んでしまったんでしょうね?」
「さあな
俺としては、こんなことになる前に、自分で気づいてほしかったけどな
あいつの師匠も同じように失踪してるし…研究者ってのはどうしてこう自制が効かないかね……」
「この文書、どうします?」
「ま、適当に保管しといてくれ」
「わかりました
……あれ?
裏に何かメモが……
この文字列、なんだろう
……これは、彼の研究の一部?
あっ、この文字列の意味はたぶん、こういうことでは?
ということは、これがこうで……
……だとするとこの研究内容、もしかして……!」
夏の暑い日に風鈴の音
涼し気な凛としたこの音を聞けば、暑さが和らぐような、そんな感じがする
はずだった
猛暑は僕の想像を超えて厳しかった
風鈴の音はまさに焼け石に水
涼やかな音でごまかしきれないほどに、灼熱地獄だった
周りの建物に飾られた風鈴はなんの効果も発揮しない
なぜ僕はこんな太陽が照りつける中を歩いているのだろう
もう無理だ
どこでもいいから建物に入らなければ熱中症確定だ
たまたま目に入った店に入る
何の店かはわからないが、しばらく暑さをしのげるなら、とりあえず入って休もう
さすがに冷やかしは後ろめたいから何かしら買うつもりだ
僕が入ったのは、クーラーの効いた雑貨屋だった
様々な面白い見た目の商品が売られている
その中で、風鈴の音が聞こえた
クーラーの涼しさと、風鈴の涼しげな音とで、生き返るような気分だ
さっきは無力だった風鈴も、店の中では暑さに当てられた僕の心を癒やしてくれる
風鈴の方へ目を向けると、ガラスではなく、金属で作られたものだった
ああいう風鈴もいいな
僕は雑貨屋でしばらく休み、体の調子を整えたあと、金属の風鈴をひとつ買わせてもらうことにした
用事が済んで帰る途中でよかった
なにせ、店で休んだあとは自宅に帰るだけでいいのだから
自宅でクーラーが効いた中、さらに涼しい風鈴の音を鳴らして楽しむのもいいだろう
そう思えば、帰り道も頑張れる気がする
さあ、もうひと踏ん張りだ
自分で言うのもなんだが、私はヤバめの犯罪者だ
富豪の家から金目のものを盗んでは、黒狼参上とメッセージを残す
別に生活に困っているわけでも、悪い富豪相手に義賊をしているわけでも、そういう稼ぎ方しか知らないのでもない
趣味だ
私は趣味で盗みを行っている
これで私のヤバさがわかると思う
だが最近、盗みに飽きてきて、まともな職に就こうかと考えていた時、まずいことが起きた
私の正体が特定されようとしていたのだ
犯罪をしておいて言うことではないが、私は是が非でも捕まりたくない
人生の中で、長い期間を囚われて過ごしたくはないのだ
自分勝手かもしれないが、自分勝手でなければ趣味で盗みなどしないだろう
このままでは捕まるのも時間の問題
私はなんとかならないかと、考えた
そして閃く
昔、どこかの魔道士から盗んだ魔道書に、ちょうどいいものがあったはず
そうだ、肉体から自らの魂だけを抜き、先に構築した別の肉体に魂を入れる魔法
これだ
幸い、必要な材料は今まで盗んだもので足りる
本当に、色々なものを盗んだものだ
そして魔法だが、私自身盗みに使うために魔法の能力は鍛えていて、必要な技術は身につけている
私は肉体を捨て、心だけ、逃避行だ
まずは新たな肉体の構築をする
肉体の構築までは3日かかる
その間、眠らず常に魔法を発動し続けなければならない
かなり命がけの魔法だ
まあ、捨てる肉体だ
どんなにボロボロになっても、魂を移す前に死ななければいいだけのこと
さあ、始めよう
魔法を3日発動し続ける
それはすさまじい苦行だった
水以外の飲み食い、睡眠ができない
発動している魔法が切れてしまうからだ
さらに、魔法発動継続による疲労感が重くのしかかって来る
だが、人ひとりの肉体を魔法で作るのだ
それを考えれば軽い方だろう
人生で一番長い3日間が終わり、私は瀕死に近い状態だった
そして、最後の力を振り絞り、自らの魂を新たな肉体へ移す魔法を発動した
さらに、私が魔法を発動した痕跡を隠すための爆薬の準備も済ませてある
追い詰められた私が、アジトで自爆したと見せかけるのだ
さあ、新たな肉体へ……
新たな肉体へ無事、移ることができた私だが、私の能力で構築できる肉体は子供が限界だった
しかしそのほうが好都合かもしれない
子供ならば、身元を深く探られることもなく、どこかに身を寄せられるだろう
記憶喪失とか、適当にでっち上げよう
私は爆薬に点火し、急いでアジトを出た
これから新たな人生が始まるわけだが、今度は犯罪をしないような生活を目指す
盗みも飽きたことだし、何か楽しいことを見つけることにする
せっかく、未来ある子供に生まれ変わったわけだし
冒険者ってのはね、冒険するから冒険者なんだよ
ダンジョンと呼ばれる、普通の人が探索できない領域へ危険を承知で入っていく
そして、新たな発見をしたり、貴重な素材なんかを手に入れて人々の役に立ったり
まあ、ロマンあふれる職業だな
そう、冒険者とは、危険と引き換えにロマンを追求する、厳しくも夢のある熱い連中なんだ
そのはずなんだが……
なんか、便利屋みたいになってないか?
商人の護衛
盗賊の討伐
力仕事の手伝い
人探し
ひどい時には失せ物探し
これらは冒険者の本来の仕事ではない
確かに戦闘能力はある
危険生物との交があるからな
研究者なんかをダンジョンの奥地へ護衛しながら連れて行くこともある
当然筋力はみんな強い
何かの痕跡を探すのも得意分野だ
だが、さっき挙げた仕事は冒険者ではなく、騎士や傭兵など、その道のプロがやるべきことだ
冒険者は比較的安く済むからといって、何でもかんでも頼り過ぎだと思う
しかも、騎士もできるだけ動きたくないのか、自分たちの仕事を冒険者に積極的に回してくる
傭兵は、安い仕事は無視し、より稼げる仕事に殺到だ
力仕事も、継続して雇うより、都合よく冒険者をその都度使いたがる
で、歪んだ形で、冒険者は依頼しやすいよ、なんて噂が広まり、いちいち冒険者に依頼するなというようなものまで仕事として舞い込んでくる始末
冒険者の地位は下がる一方だ
我々冒険者は、冒険がしたいのだ
いつか、冒険者に冒険の依頼が来るその日まで、我々は冒険者としての活動をアピールし続ける
そう思っていた
時代は変わるものだ
ダンジョンが冒険者でなければ行かれないレベルで危険な地、ではなくなった
ダンジョンに生息していた危険生物
実はあれは、ボスと呼ばれる強い怪物から生み出されていたのだ
ある時、ダンジョンの奥深くにいるボスを発見した冒険者たちがいた
彼らが苦戦しながらもなんとかボスを倒すと、危険生物はそれ以降、ダンジョンから姿を消した
ボス討伐ブームの始まりである
そして、あらゆるダンジョンのボスは、冒険者たちによって狩りつくされ、危険生物は全滅
ダンジョンの危険性は自然環境だけになり、その程度だったらアクティブな研究者くらいなら充分活動できる、という状態になった
冒険者は冒険を廃業せざるを得なくなった
これを見越していた冒険者たちは、危険生物が全滅するまでの間に、新たなスキルを勉強、身につけ、のちに転職
冒険者を名乗る人間はごっそりといなくなった
皆、それぞれの新たな道を見つけたのだ
そして私は……
こんなことになるとか、一切考えていなかったので、新たな道が見つからず、今、必死こいて職探しをしている
都合よく使われていた冒険者たちは、その時の経験を活かして本業になってしまったため、数少ない私のような転職できなかった冒険者は、もはや都合良く使われることすら無く、生活は厳しい
なんでこんなことになったんだ
わかってたなら、誰か教えてくれてもいいじゃないか
私は何に向いているんだ
私はちゃんとした冒険者であり続けたいと思い、冒険以外の仕事はあまりしてこなかったんだ
あぁ、自分は都合良く使われないぞ、なんて誇りは捨てて、冒険者で食っていけてた時代に、色々な仕事を経験しておくんだった……!
あいつは俺たちの仲間で、ずっと一緒に戦ってきた
そして、仲間内では俺が一番あいつと組んで活動していただろう
そんなあいつが闇の力に取り込まれて、暴走状態になっている
闇の力から解放する方法はふたつ
ひとつは殺すこと
もうひとつは、あいつの心に呼びかけ、闇に覆われた心を表へ引っ張りだすこと
ふたつめの方は、絆や相手を思う気持ちが成功の鍵となる
まあ、この手の話によくある解決法だ
そして仲間たちはその役目を、一番付き合いの長い俺に託した
普通に考えれば当然の人選だろう
だが実は、この人選には俺にしかわからない致命的な欠陥があった
非常に言いにくいことだが、照れ隠しとかそういうのではなく、俺はあいつのことが大嫌いなのだ
独断専行するし、俺に一方的に命令してくるし、俺に諸々の尻拭いを丸投げするし
さらに向こうも俺を嫌っている
いや、嫌っているからこそ、俺を都合よく使って嫌がらせをしてくるのだ
あいつが俺を嫌いな理由?
モテるのが鼻につくんだと
くっだらね
モテてねーよ
なぜか同性よりも異性からの方がよく頼られるだけだ
それはともかく、周りは俺とあいつが名コンビだと思い込んでいる
勘弁してくれ
しかしいまさら仲悪いとも言いづらいし、やってダメなら他の仲間に任せりゃいいか
で、今俺はあいつと交戦中
あいつは苦しそうにうめきながら、紫色のオーラを出して攻撃してくる
俺は少し距離を取り呼びかける
「みんなお前のことを心配してるぞー
みんなを心配させて平気なのかー?
俺もお前のことがとても心配だー
戻ってこーい」
俺の熱い思いがあいつの心に届いて……ない
より攻撃が激しくなった
心なしかキレているような気がする
俺の本心からの言葉ではないことがバレているな
なんか、自分で棒読みだった感覚があるし
やっぱり心底嫌いなやつに心からの励ましなんてできない
俺は方針転換した
この際あいつをこれでもかというくらいバカにしてやろう
ストレス解消の場だ
「闇の力に操られるとか、ダセえ!
お前本当、いつも俺に迷惑かけて、今度は他の仲間にまで迷惑かけやがってバーカ!
お前マジでいいとこねえな!
なんのためにチーム入ったの?
よく恥ずかしくなく在籍できるよなぁ?
お前なんて俺がいなきゃなんにもできぶべっ」
思いっきり殴られた
闇の力ではなく、普通に拳で
ということは俺の悪口は届いて……る!
闇の力は消え去っているな
やはり中途半端な怒りでなく、高純度な俺への怒りを表出させることで自分の心を取り戻すことができたか
俺に感謝してこの先、敬ってほしい
とか考えていたらすねを思いっきり蹴られた
痛い
間違いなく正気だ
手間かけさせやがる
だが、仕事は大成功だ
俺たちは険悪な感じで喋りもせず、ともに帰還したあと、仲間から喜びをもって迎えられた
俺は嫌いだが、あいつは他の仲間からはけっこう慕われているのだ
仲間を悲しませたくないからこそ、俺は頑張ったのだ
けっしてあいつのためではない
だが、いつかあいつが俺に歩み寄ってくることがあれば、俺はあいつのために体を張るのもやぶさかではない
俺は悪くないので、俺からは絶対に歩み寄らないけどな